・・・千倍ぐらいになりますと、下のレンズの直径が非常に小さくなり、従って視野に光があまりはいらなくなりますので、下のレンズを油に浸してなるべく多くの光を入れて物が見えるようにします。二千倍という顕微鏡は、数も少くまたこれを調節することができる・・・ 宮沢賢治 「手紙 三」
・・・広い額が内面の充実した重さでいくらか傾き、濃い眉毛のしたの大きい強い眼はいくらか細めてレンズに向けられている。彼の右肩に一つの手が軽くのせられている。それはイエニーのすらりとした手である。のどのつまった、袖口の広い服を裾長に、イエニーはカー・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・アメリカやドイツへ行くと、レンズがよいのが魅力で税のかからぬところで誰でも買おうと思うのだろう。 モスクで、私の暮したホテルはパッサージという名で、今ゴーリキイ通となった大通りにあった。冬の凍った三重窓に青く月の光がさして、夜の十二時に・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・ 目で見る現在の景色と断れ断れな過去の印象のジグザグが、すーっとレンズが過去に向って縮むにつれ、由子の心の中で統一した。 * 由子はお千代ちゃんという友達を持っていた。由子の唯一の仲よしであった。由子が小・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・から立ちなおり、きわめて速力を出して、この佝僂病が人間性の上にのこされているうちに、まだわたしたちの精神が十分強壮、暢達なものと恢復しきらないうちに、その歪みを正常化するような社会事情を準備し、客観のレンズを奇妙な凹凸鏡にすりかえて、それに・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・今までのフチを一まわり大きくして、レンズはツァイスのウロ・プンクタールというの。これは赤外線、紫外線を吸収して人工光線の下で仕事をするのに大変疲れないのだそうです。大奮発です。でも眼玉ですものね。そう云えば、私のこれを書いているテーブルの上・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・桑原武夫の評論の中でも、この「レンズの光度の低さ」は「日本的方法の限界を示し」、日本の文学に共通な後進性として、鋭いフォークで刺されている。そして、スタインベックが旅行記をかいたように、その他ヨーロッパの誰彼が旅行記をかいたように、日本の作・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 帝国主義のレンズが集中している上海に入った中共の解放軍が、その行動の実際で日本の新聞にさえ一行のデマゴギーを報道流布することを許さなかった事実は、真によろこばしい、そして敬服すべきことだった。沈毅、純朴な若い中国の人民のまもりてたちを・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ ゲーテが五つ六つの時、父親の鉱物標本を譜面台の上に積み重ねて祭壇をこしらえ、レンズで集めた太陽の光で香をたいて、その前に燻じ、万有の神に捧げたという話は、世界文学史の上に「黄金のように輝いた少年」ゲーテにふさわしい逸話として或る意味で・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・次に問題となったのは、プリズムやレンズなどであるが、羅山はキリシタンに対する憎悪をこういう道具の上にまであびせかけ、光線の現象などに注意を向けようとはしていない。最後に取り上げられたのは、『妙貞問答』やマテオ・リッチの著書などである。羅山は・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫