・・・そして私の返事を待たず、「御一緒に歩けしません?」 迷惑に思ったが、まさか断るわけにはいかなかった。 並んで歩きだすと、女は、あの男をどう思うかといきなり訊ねた。「どう思うって、べつに……。そんなことは……」 答えようも・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「しかし酒だけは、先も永いことだから、兄さんと一緒に飲んでいるというわけにも行きますまいね。そりゃ兄さんが一人で二階で飲んでる分にはちっともかまいませんが、私もお相伴をして、毎日飲んでるとなっては、帳場の手前にしてもよくありませんからね・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・どうです、今から一緒にそこへ行ってみる気はありませんか」「それはどちらでもいいが、だんだん話が佳境には入って来ましたね」 そして聴き手の青年はまたビールを呼んだ。「いや、佳境には入って来たというのはほんとうなんですよ。僕はだんだ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・「それほどまでに二人が艱難辛苦してやッと結婚して、一緒になったかと思うと間もなく、ポカンと僕を捨てて逃げ出して了ったのです」「まア痛いこと! それで貴下はどうなさいました。」とお正の眼は最早潤んでいる。「女に捨てられる男は意気地・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・恋愛するときに、この徳への憧れが一緒に燃え上がらないようなことではその女性の素質は低いものであるといわねばならぬ。何故なら恋愛するときほど、女性の心が純であるときはないのだからだ。恋愛にこの性質があるために、青年は女性によって強められ、浄め・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 彼と、一緒に歩哨に立っていて、夕方、不意に、胸から血潮を迸ばしらして、倒れた男もあった。坂本という姓だった。 彼は、その時の情景をいつまでもまざまざと覚えていた。 どこからともなく、誰れかに射撃されたのだ。 二人が立ってい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・で、やがて娘は路――路といっても人の足の踏む分だけを残して両方からは小草が埋めている糸筋ほどの路へ出て、その狭い路を源三と一緒に仲好く肩を駢べて去った。その時やや隔たった圃の中からまた起った歌の声は、わたしぁ桑摘む主ぁまんせ、春・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・しばらくしてお安が涙でかたのついた汚い顔をして、見知らない都会風の女の人と一緒に帰ってきた。その人は母親に、自分たちのしている仕事のことを話して、中にいる息子さんの事には少しも心配しなくてもいゝと云った。「救援会」の人だった。然し母親は、駐・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・どッとゝ番町今井谷を下りまして、虎ノ門を出にかゝるとお刺身にお吸物を三杯食ったので胸がむかついて耐りませんから、堀浚いの泥と一緒に出ていたを、其の方がだん/″\掻廻したので泥の中から出たんで、全く天から其の方に授かったところの宝で、図らず獲・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・毎年の暮れに、郷里のほうから年取りに上京して、その時だけ私たちと一緒になる太郎よりも、次郎のほうが背はずっと高くなった。 茶の間の柱のそばは狭い廊下づたいに、玄関や台所への通い口になっていて、そこへ身長を計りに行くものは一人ずつその柱を・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫