・・・私は、そしらぬふりして首尾のまったく一貫した小説に仕立ててやり、その友人にそれとなく知らせてやったほうがよいのかもしれぬ。その友人は、「人生四十から。」という本を本棚にかざってあるのを私は見たことがあって、自分の生活を健康と名づけ、ご近所の・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・の太鼓とラッパの一貫したモティフの繰り返しはよほど洗練されたものである。そう言えば「青い天使」の舞台や楽屋の間のシーンも視覚的効果としてやはり少しうるさすぎる感じがある。それが下宿屋の荒涼な環境との対比であるにしても少しあくが強すぎるような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・近頃某氏のために揮毫した野菜類の画帖を見ると、それには従来の絵に見るような奔放なところは少しもなくて全部が大人しい謹厳な描き方で一貫している、そして線描の落着いたしかも敏感な鋭さと没骨描法の豊潤な情熱的な温かみとが巧みに織り成されて、ここに・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・なぜかと言えば、詩歌にはその言葉の連続によって生ずる一貫した企図の表現、平たく言えば筋書きがあって、その筋書きによって代表された一つのまとまった全体があり、そういう点では律動的でない戯曲や小説や紀行文や随筆やとも共通な要素をもっている。それ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・こうして根本の略筋さえ明瞭に記憶していれば、思想は一貫して、比較的正確の答案が作れることになる。 ひとりこの抜き書きのみにとどまらず、自分は教師がよく黒板へ図解して示す絵図なども、そのまま直接教科書に書き入れておいた。これは記憶する上に・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・三人の言語動作を通じて一貫した事件が発展せぬ? 人生を書いたので小説をかいたのでないから仕方がない。なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。 夏目漱石 「一夜」
・・・首尾一貫前後相待って渾然と出来上がっている。なぜかと云うと、篇中に出て来る人間の心状、及び動作がことごとくタイフーンと舟火事なる自然力を離れずに、どこまでも密接な関係をもって展化進行するから、自然と人間が打って一丸となされて、偉大なる自然力・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
・・・ 山椒の皮を春の午の日の暗夜に剥いて土用を二回かけて乾かしうすでよくつく、その目方一貫匁を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜる、それを袋に入れて水の中へ手でもみ出すことです。 そうすると、魚はみんな毒をのんで・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して迫って来る或る後味とでも云うべきものが、案外弱いのは何故だろう。私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・の夏子の愛くるしさは躍如としているし、その愛らしい妹への野々村の情愛、夏子を愛する村岡の率直な情熱、思い設けない夏子の病死と死の悲しみにたえて行こうとする村岡の心持など、いかにもこの作者らしい一貫性で語られている。 こういう文章のたちと・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
出典:青空文庫