・・・その敬服さ加減を披瀝するために、この朴直な肥後侍は、無理に話頭を一転すると、たちまち内蔵助の忠義に対する、盛な歎賞の辞をならべはじめた。「過日もさる物識りから承りましたが、唐土の何とやら申す侍は、炭を呑んで唖になってまでも、主人の仇をつ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 迷惑らしい顔をした牧野は、やっともう一度膃肭獣の話へ、危険な話題を一転させた。が、その結果は必ずしも、彼が希望していたような、都合の好いものではなさそうだった。「牝を取り合うとか? 牝を取り合うと、大喧嘩をするんだそうだ。その代り・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 二人の間の話題は、しばらく西太后で持ち切っていたが、やがてそれが一転して日清戦争当時の追憶になると、木村少佐は何を思ったか急に立ち上って、室の隅に置いてあった神州日報の綴じこみを、こっちのテエブルへ持って来た。そうして、その中の一枚を・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 譚は大声に笑った後、ちょっと真面目になったと思うと、無造作に話頭を一転した。「じゃそろそろ出かけようか? 車ももうあすこに待たせてあるんだ。」 * * * * * 僕は翌々十八日の午後、折角の譚の勧めに従い、湘・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・実際私の母に対する情も、子でない事を知った後、一転化を来したのは事実です。」「と云うのはどう云う意味ですか。」 私はじっと客の目を見た。「前よりも一層なつかしく思うようになったのです。その秘密を知って以来、母は捨児の私には、母以・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・と、巧に話頭を一転させてしまった。が、毛利先生のそう云う方面に関してなら、何も丹波先生を待たなくとも、自分たちの眼を駭かせた事は、あり余るほど沢山ある。「それから毛利先生は、雨が降ると、洋服へ下駄をはいて来られるそうです。」「あのい・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・これもまた信じている先生の言葉であったから、心機立ちどころに一転することが出来た。今日といえども想うて当時の事に到るごとに、心自ら寒からざるを得ない。 迷信譚はこれで止めて、処女作に移ろう。 この「鐘声夜半録」は明治二十七年あたかも・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・と、坪内博士が一と言いうと直ぐ一転して「そんな事も考えたが実は猶だ決定したのではない」と打消し、そこそこに博士の家を辞するや否、直ぐその足で私の許を訪い、「今、坪内君から聞いて来たが、君はこうこういったそうだ。飛んでもない誤解で、毛頭僕はそ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・すなわち一転すれば冒険心となり、再転すれば山気となるのである。現に彼の父は山気のために失敗し、彼の兄は冒険のために死んだ。けれども正作は西国立志編のお蔭で、この気象に訓練を加え、堅実なる有為の精神としたのである。 ともかく、彼の父は尋常・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・この僅少の間に主人はその心の傾きを一転したと見えた。「ハハハハ、云うてしまおう、云うてしまおう。一人で物をおもう事はないのだ、話して笑ってしまえばそれで済むのだ。」と何か一人で合点した主人は、言葉さえおのずと活気を帯びて来た。「・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫