・・・ツィ――と寂しそうに鳴いて、目白鳥が唯一羽、雪を被いで、紅に咲いた一輪、寒椿の花に来て、ちらちらと羽も尾も白くしながら枝を潜った。 炬燵から見ていると、しばらくすると、雀が一羽、パッと来て、おなじ枝に、花の上下を、一所に廻った。続いて三・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・――はあはあと、私が感に入って驚くのを、おかしがって、何、牡丹のひたしものといった処で、一輪ずつ枝を折る殺風景には及ばない、いけ花の散ったのを集めても結構よろしい。しかし、贅沢といえば、まことに蘭飯と称して、蘭の花をたき込んだ飯がある、禅家・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 土間はたちまち春になり、花の蕾の一輪を、朧夜にすかすごとく、お町の唇をビイルで撓めて、飲むほどに、蓮池のむかしを訪う身には本懐とも言えるであろう。根を掘上げたばかりと思う、見事な蓮根が柵の内外、浄土の逆茂木。勿体ないが、五百羅漢の御腕・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・撫子 この細りした、(一輪を指絹糸のような白いのは、これは、何と云う名の菊なんですえ。りく 何ですか、あの……糸咲々々ってお父さんがそう云いますよ。撫子 ああ、糸咲……の白菊……そうですか。りく そして、あのその撫子はお活け・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・女が白衣の胸にはさんだ一輪の花が、血のように滲んでいる。目を細くして見ていると、女はだんだん絵から抜けでて、自分の方へ近寄ってくるように思われる。 すると、いつの間にか、年若い一人の婦人が自分の後に坐っている。きちんとした嬢さんである。・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「花一輪。」サインを消せみんなみんなの合作だおまえのもの私のものみんなが心配して心配して やっと咲かせた花一輪ひとりじめは ひどいどれどれわしに貸してごらんやっぱり・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・せっぱつまり、旅の仮寝の枕元の一輪を、日本浪曼派と名づけてみた。この一すじ。竹林の七賢人も藪から出て来て、あやうく餓死をのがれん有様、佳き哉、自ら称していう。「われは花にして、花作り。われ未だころあいを知らず。Alles oder Nich・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・やはり人造でもマーブルか、乳色ガラスのテーブルの上に銀器が光っていて、一輪のカーネーションでもにおっていて、そうしてビュッフェにも銀とガラスが星空のようにきらめき、夏なら電扇が頭上にうなり、冬ならストーヴがほのかにほてっていなければ正常のコ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ 画は一輪花瓶に挿した東菊で、図柄としては極めて単簡な者である。傍に「是は萎み掛けた所と思い玉え。下手いのは病気の所為だと思い玉え。嘘だと思わば肱を突いて描いて見玉え」という註釈が加えてあるところをもって見ると、自分でもそう旨いとは考え・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・はりぬきの岩に腰をかけ、フェルト靴の先を可愛く白レースと思われた服の裾からのぞかせ、水色カンレイシャで飾られた帽子のつばを傾けて、両手でもった一輪のバラの花を見ている母の写真。それは明治の幻燈のようになつかしく美しく素朴である。 けれど・・・ 宮本百合子 「菊人形」
出典:青空文庫