・・・尼提はこう言う如来の前に糞器を背負った彼自身を羞じ、万が一にも無礼のないように倉皇と他の路へ曲ってしまった。 しかし如来はその前に尼提の姿を見つけていた。のみならず彼が他の路へ曲って行った動機をも見つけていた。その動機が思わず如来の頬に・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・かかる態度が直接に万が一にも労働階級のためになることがあるかもしれない。中流階級に訴える僕の仕事が労働階級によって利用される結果になるかもしれない。しかしそれは僕が甫めから期待していたものではないので、結果が偶然にそうなったのにすぎないのだ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ただ、名前を変えたぐらい、なんの罪があるものか。万が一、見つかったとしても、冗談だとして笑ってすませることである。若いときには、誰しもいちどはやることなのにちがいない。そう思って落ちついた。しかし、私の良心は、まだうずうずしていた。大作家の・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・尤も国民的なる大芸術を興すには個人も国家もそれ相当に金と力と時間の犠牲を払わなければならぬ。万が一しくじった場合には損害ばかりが残って危険かも知れぬ。日本のような貧乏な国ではいかに思想上価値があるからとてもしワグナアの如き楽劇一曲をやや完全・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 仕立て上げて手も通さずにある赤い着物を見るにつけ桃色の小夜着を見るにつけて歎く姉の心をせめて万が一なりと知って呉れたら切ない思い出にふける時のまぼろしになり夢になり只一言でも私のこの沈み勝な心を軽く優しくあの手(さな手で撫でても呉れる・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・けれども、その面白さ、うまさが万が一にもブルジョア大衆作家の持物と同じ種類であったとしたらそれは問題外だ。 われわれはこの経済恐慌による支配階級のファッショ化に対して、失敗の中から起き上り起き上り、勇ましく闘う未組織大衆を書くだろう。だ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫