・・・ 部屋の中には、電燈が影も落さないばかりに、ぼんやりともっている。三尺の平床には、大徳寺物の軸がさびしくかかって、支那水仙であろう、青い芽をつつましくふいた、白交趾の水盤がその下に置いてある。床を前に置炬燵にあたっているのが房さんで、こ・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・妻はしゃがんだままで時々頬に来る蚊をたたき殺しながら泣いていた。三尺ほどの穴を掘り終ると仁右衛門は鍬の手を休めて額の汗を手の甲で押拭った。夏の夜は静かだった。その時突然恐ろしい考が彼れの吐胸を突いて浮んだ。彼れはその考に自分ながら驚いたよう・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「山を越してごらんなさい。三尺も、四尺もありますさかい。おまえさんは、どこから乗っていらしたの。」 黒い頭巾をかぶったおばあさんが、みかんをむいて食べながらいいました。年子は、話しかけられて、はじめて注意しておばあさんを見ました。な・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・かなり深くて、水が顎のあたりまでありました。三尺ちかくあったのかも知れません。夜でした。上から男の人が手を差し出してくれたのでそれにつかまりました。ひき上げられて衆人環視の中で裸にされたので、実に困りました。ちょうど古着屋のまえでしたので、・・・ 太宰治 「五所川原」
・・・ そんなことをして遊ぶ部屋の端が、一畳板敷になっていた。三尺の窓が低く明いている。壁によせて長火鉢が置いてあるが、小さい子が三人並ぶゆとりはたっぷりある。柿の花が散る頃だ。雨は屡々降ったと思う。余り降られると、子供等の心にも湿っぽさ・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ ずらりと並んだ商店の飾窓から二三尺の距離を保って、森の中でも散歩するような暢やかさで、眺め眺め進む。 余り奇麗な布地でもあると、私は呉服屋の前に立った。 異国風な豊麗さで細々化粧品や装身具などを飾った窓に来かかると、私は、堪能・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 話をきいて私はつと家の中を見たい気になり、木の根っこから乗り出して裏口から半身を家の中へ入れる様にして中の様子を見ようとした。 三尺位の入口は往来に面し裏口は今私の居る、今は何も作ってない畑地に向って居る。 この二つの入口だけ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・とつけ加えた。三尺ほどの距りをおいて此方側に立ってその話をきいた私は、「それがいい、それがいい」と、いつもいろいろと計画してそれを楽しんでいる父の様子を髣髴させつつ賛成した。「お父様は気が若いからね、入院でもなさらなければ休・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫