・・・その証拠には御寺御寺の、御仏の御姿を拝むが好い。三界六道の教主、十方最勝、光明無量、三学無碍、億億衆生引導の能化、南無大慈大悲釈迦牟尼如来も、三十二相八十種好の御姿は、時代ごとにいろいろ御変りになった。御仏でももしそうとすれば、如何かこれ美・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 釈迦如来は勿論三界六道の教主、十方最勝、光明無礙、億々衆生平等引導の能化である。けれどもその何ものたるかは尼提の知っているところではない。ただ彼の知っているのはこの舎衛国の波斯匿王さえ如来の前には臣下のように礼拝すると言うことだけであ・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・己れっちらの境涯では、四辻に突っ立って、警部が来ると手を挙げたり、娘が通ると尻を横目で睨んだりして、一日三界お目出度い顔をしてござる様な、そんな呑気な真似は出来ません。赤眼のシムソンの様に、がむしゃに働いて食う外は無え。偶にゃ少し位荒っぽく・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・まるでみなで鬼ごっこをするようにかけちがったりすりぬけたり葦の間を水に近く日がな三界遊びくらしましたが、その中一つの燕はおいしげった葦原の中の一本のやさしい形の葦とたいへんなかがよくって羽根がつかれると、そのなよなよとした茎先にとまってうれ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・遮莫おれにしたところで、憐しいもの可愛ものを残らず振棄てて、山超え川越えて三百里を此様なバルガリヤ三界へ来て、餓えて、凍えて、暑さに苦しんで――これが何と夢ではあるまいか? この薄福者の命を断ったそればかりで、こうも苦しむことか? この人殺・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・がないのだ、平気で孤独に堪えている、君のようにお父さんからちょっと叱られたくらいでその孤独の苦しさを語り合いたいなんて、友人を訪問するような事はしない、女だって君よりは孤独に堪える力を持っている、女、三界に家なし、というじゃないか、自分がそ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・から女、凝然の恐怖、地獄の底の細き呼び声さえ、聞えて来るような心地、死ぬることさえ忘却し果てた、あの夜の寒い北風が、この一葉のハガキの隅からひょうひょう吹きすさびて、これだから家へかえりたくないのだ、三界に家なき荒涼の心もてあまして、ふらふ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・この場合わが身一つの外に、三界の首枷というもののないことは、誠にこの上もない幸福だと思わなければならない。 ○ わたくしの身にとって妻帯の生活の適しない理由は、二、三に留まらない。今その最も甚しきものを挙ぐれば・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・孟母三遷というような女の積極的な判断が行動へあらわれたような例よりも、女は三界に家なきもの、女は三従の教えにしたがうべきもの、それこそ女らしいこととされた。従って女としてのそういう苦痛な生涯のありようから人間的な成長、達観へ到達する道は諦め・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・「子は三界の首っ枷」という俗間の言葉は、日本の従来の家庭の内部をまことにうがっている。これまで多くの母は、家のやりくり、良人の世話、非計画的に生れる子供らの世話で忙殺され、子供らの文化の与え手となるまでのゆとりはなかった。母たち自身が、ああ・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
出典:青空文庫