・・・ 近在は申すまでもなく、府中八王子辺までもお土産折詰になりますわ。三鷹村深大寺、桜井、駒返し、結構お茶うけはこれに限る、と東京のお客様にも自慢をするようになりましたでしょう。 三年と五年の中にはめきめきと身上を仕出しまして、家は建て・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
東京の三鷹の家にいた頃は、毎日のように近所に爆弾が落ちて、私は死んだってかまわないが、しかしこの子の頭上に爆弾が落ちたら、この子はとうとう、海というものを一度も見ずに死んでしまうのだと思うと、つらい気がした。私は津軽平野の・・・ 太宰治 「海」
・・・ 数日後、大隅忠太郎君は折鞄一つかかえて、三鷹の私の陋屋の玄関に、のっそりと現われた。お嫁さんを迎えに、はるばる北京からやって来たのだ。日焼けした精悍な顔になっていた。生活の苦労にもまれて来た顔である。それは仕方の無い事だ。誰だって・・・ 太宰治 「佳日」
・・・て三年目に病歿したので、津島は老母の里心を察し、亡父の遺産のほとんど全部を気前よく投じて、現在のこの武蔵野の一角に、八畳、六畳、四畳半、三畳の新築の文化住宅みたいなものを買い、自分は親戚の者の手引きで三鷹町の役場に勤める事になったのである。・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・私の家は三鷹の奥の、ずっと奥の、畑の中に在るのであるが、ほとんど一日がかりで私の陋屋を捜しまわり、やあ、ずいぶん遠いのですね、と汗を拭きながら訪ねて来る。私は不流行の、無名作家なのだから、その都度たいへん恐縮する。「病気は、もう、いいの・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ 結婚後、私にも、そんなに大きい間違いが無く、それから一年経って甲府の家を引きはらって、東京市外の三鷹町に、六畳、四畳半、三畳の家を借り、神妙に小説を書いて、二年後には女の子が生れた。北さんも中畑さんもよろこんで、立派な産衣を持って来て・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・あなたが急にお偉くなって、あの淀橋のアパートを引き上げ、この三鷹町の家に住むようになってからは、楽しい事が、なんにもなくなってしまいました。私の、腕の振いどころが無くなりました。あなたは、急にお口もお上手になって、私を一そう大事にして下さい・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・れいの、北さんと中畑さんとが、そろって三鷹の陋屋へ訪ねて来られた。そうして、故郷の母が重態だという事を言って聞かせた。五、六年のうちには、このような知らせを必ず耳にするであろうと、内心、予期していた事であったが、こんなに早く来るとは思わなか・・・ 太宰治 「故郷」
・・・私の家は、この三鷹駅から、三曲りも四曲りもして歩いて二十分以上かかる畑地のまん中に在るのだが、そこには訪ねて来る客も無し、私は仕事でもない限りは、一日いっぱい毛布にくるまって縁側に寝ころんでいて、読書にも疲れて、あくびばかりを連発し、新聞を・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・おとといの晩はめずらしいお客が三人、この三鷹の陋屋にやって来ることになっていたので、私は、その二三日まえからそわそわして落ちつかなかった。一人は、W君といって、初対面の人である。いやいや、初対面では無い。お互い、十歳のころに一度、顔を見合せ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
出典:青空文庫