・・・従って市街地の商人からは眼の飛び出るような上前をはねられて食代を買わねばならぬ。だから今度地主が来たら一同で是非とも小作料の値下を要求するのだ。笠井はその総代になっているのだが一人では心細いから仁右衛門も出て力になってくれというのであった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・子供の姿勢はみじめにも崩れて、扉はたちまち半分がた開いてしまった。牛乳瓶はここを先途とこぼれ出た。そして子供の胸から下をめった打ちに打っては地面に落ちた。子供の上前にも地面にも白い液体が流れ拡がった。 こうなると彼の心持ちはまた変わって・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・お貞は襟を掻合せ、浴衣の上前を引張りながら、「それだから昨日も髪を結わない前に、あんなに芳さんにあやまったものを。邪慳じゃあないかね。可よ、旦那が何といっても、叱られても大事ないよ。私ゃすぐ引毀して、結直して見せようわね。」 お貞は・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 上前の摺下る……腰帯の弛んだのを、気にしいしい、片手でほつれ毛を掻きながら、少しあとへ退ってついて来る小春の姿は、道行から遁げたとよりは、山奥の人身御供から助出されたもののようであった。 左山中道、右桂谷道、と道程標の立った追分へ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・また大人が経済的に非常に苦しい、月給では迚も足りないことから、闇の上前をはねてやりくることも見ないではないでしょう。人間は、先ず正直でなければならないという、一番大事な点が今日では互に信じられないようにまでなっています。正直で飢死する方が正・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・ 立ちあがって、グングン上前を引っぱりながら出し抜けにそう云った。「今夜え? あんまり急なのでお君はまごついた。「ああ一刻も早い方がいいんや。「いくら早い方がいいやかて、あんまり急やあらへんか。 それ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・「そいでいて、自分達がコソコソすることって云えば、平気でお香物やおかずの上前をはねてるじゃありませんか! きたならしくないのかねエ」 刑務所の食糧は糖分が不足しているから、ウズラ豆の煮たのは皆がよろこぶ。ウズラ豆の日だと女監守は各房・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ ガサガサした声で自分から手をかたくにぎって、女は云いながら立ち上って、着物の上前をおはしょりのところで引っぱった。「じゃおかえり、今夜は寝られなくなるかも知れないネエ、私もそこまで行こう」 近頃にないほど感情の妙にたかぶって居・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫