・・・彼はそれで少し救われたような心持ちになって、草履の爪さきを、上皮だけ播水でうんだ堅い道に突っかけ突っかけ先を急いだ。 子供たちの群れからはすかいにあたる向こう側の、格子戸立ての平家の軒さきに、牛乳の配達車が一台置いてあった。水色のペンキ・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 現象の本性に関する充分な知識なしに、ただ電気のテクニックの上皮だけをひとわたり承知しただけで、すっかりラディオ通になってしまったいわゆるファンが、電波伝播の現象を少しも不思議と思ってみる事もなしに、万事をのみこんだ顔をしているのがおか・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・ない心配を勘定に入れると、吾人の幸福は野蛮時代とそう変りはなさそうである事は前御話しした通りである上に、今言った現代日本が置かれたる特殊の状況に因って吾々の開化が機械的に変化を余儀なくされるためにただ上皮を滑って行き、また滑るまいと思って踏・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・そして今まで燃えた事のある甘い焔が悉く再生して凝り固った上皮を解かしてしまって燃え立つようだ。この良心の基礎から響くような子供らしく意味深げな調を聞けば、今まで己の項を押屈めていた古臭い錯雑した智識の重荷が卸されてしまうような。そして遠い遠・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・などという沈んだちっとも上皮のきらつかない美がある。 四 暗くなってから、私共三人は百花園を出た。百花園の末枯れた蓮池の畔を歩いていた頃から大分空模様が怪しくなり、蝉の鳴く、秋草の戦ぐ夕焼空で夏の末らしい遠・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・綺麗ごとで生活の上皮を塗って暮している人々にとって、ここに描かれている生活はそういう生活が現実に在るということで一つの権利を示しているようでもある。「凝視」という作品を私は様々の感想を動かされながら読んだ。体が悪くて働けない十九の娘の野・・・ 宮本百合子 「『長女』について」
出典:青空文庫