・・・つい近ごろ、上野公園西郷銅像の踏んばった脚の下あたりの地下に停車場が出来て、そこから成田行、千葉行の電車が出るようになった。その開通式の日にわざわざ乗りに行った人の話である。千住大橋まで行って降りてはみたが、道端の古物市場の外に見るものはな・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・是ヲ東京上野公園トナス。其ノ勝景ハ既ニ多ク得ル事難シ。況ヤ此ノ盛都紅塵ノ中ニ在ツテ此ノ秀霊ノ境ヲ具フ。所謂錦上更ニ花ヲ加ル者、蓋亦絶テ無クシテ僅ニ有ル者ナリ。近歳官此ノ山水ノ一区ヲ修メ以テ公園トナス。囿方数里。車馬ノ者モ往キ、杖履ノ者モ往ク・・・ 永井荷風 「上野」
・・・さりとてこの人数袂をつらねて散歩に行くべき処もない。上野公園の森は目の前に見えているが無論行く気にはならない。兎に角一同自動車に乗ろうとする間際になって、ふと震災後向島はどんなになっているだろうと言うような事から、始めて車を東に向けさせるこ・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・古女「こんだあ、上野公園や日比谷公園へつれてってくれないかね。」古女「はぐれないようにして貰わなくちゃ」○男「新宿は二十七日っきりだから、浅川だけだね、参拝するなあ」中女「うれしいねえ」 「だけど月経がさ」 「フ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・「こんだあ上野公園や日比谷公園へつれてってくれないかね」「はぐれないようにして貰わなくちゃ。先行ったとき、車で飛ばしちまっただけで何が何だか分りゃしなかったわ、足でちっとも歩かないんだもの」 東京見物の相談であった。彼等は浮いた・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・私たちは江戸橋のそばに佇んで、昭和通りを上野公園に向って行進して来るメーデーの行列を迎えた。行進して来る組合の人々は互にぎっちり腕を組み合って、組合旗を守り、元気よいというよりも気のたった大声をはりあげメーデーの歌をうたいつつ、ゆっくり進む・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
出典:青空文庫