・・・帯の間から前の端書を取り出して、もう一度読んで見たが、今度は二つに引き裂いて捨てたのである。「お上さん、三公はどッかへ出ましたか?」と店から声をかけられて、お光は始めて気がつくと、若衆の為さんが用足しから帰ったので、中仕切の千本格子の間・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 爺さんは金をすっかり集めてしまうと、さっきの箱の側へ行って、その上を二つ三つコンコンと叩きました。「坊主。坊主。早く出て来て、お客様方にお礼を申し上げないか。」 爺さんがこう言いますと、箱の中でコトンという音がしました。 ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・そこで道は二つに岐れていた。言われた通り橋を渡って暫らく行くと、宿屋の灯がぽつりと見えた。風がそのあたりを吹いて渡り、遠いながめだった。 ふと、湯気のにおいが漂うて来た。光っていた木犀の香が消された。 風通しの良い部屋をと言うと、二・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 最後まで残った私と弟、妻の父、妻と娘たちとの六人は、停車場まで自動車で送られ、待合室で彼女たちと別れて、彼女たちとは反対の方角の二つ目の駅のOという温泉場へ下りた。「やれやれ、ご苦労だった。これでまあどうやら無事にすんだというわけ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・生をもう二つ」 話し手の方の青年は馴染のウエイトレスをぶっきら棒な客から救ってやるというような表情で、彼女の方を振り返った。そしてすぐ、「いや、ところがね、僕が窓を見る趣味にはあまり人に言えない欲望があるんです。それはまあ一般に言え・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・あらず、いかで自殺なる二字をもってこの二人の怪しき挙動の秘密を解き得べきぞ、貴嬢がいわゆる人とは自ら生きんことを計り自ら死なんことを謀る動物なるべし、この二つの一つを出でざる動物なるべし。 間もなく振動は全くやみぬ。われら急に内に入りて・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
一人の男と一人の女とが夫婦になるということは、人間という、文化があり、精神があり、その上に霊を持った生きものの一つの習わしであるから、それは二つの方面から見ねばならぬのではあるまいか。 すなわち一つは宇宙の生命の法則の・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 二 山が、低くなだらかに傾斜して、二つの丘に分れ、やがて、草原に連って、広く、遠くへ展開している。 兵営は、その二つの丘の峡間にあった。 丘のそこかしこ、それから、丘のふもとの草原が延びて行こうとしているあたり・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・するとやがてそのアーチの処へ西洋諸国の人にとっては東洋の我が思うのとは違った感情を持つところの十字架の形が、それも小さいのではない、大きな十字架の形が二つ、ありあり空中に見えました。それで皆もなにかこの世の感じでない感じを以てそれを見ました・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・――印を押そうと思って、広げられた帳面を見ると、俺の名から二つ三つ前に、知っている名前のあるのに目がとまった。それは名の知れている左翼の人で、最近どうして書かなくなったのだろうと思っていた人だった。ところが、此処にいたのだ。この人も! そう・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫