・・・「まあ、人様のもので、義理をするんだよ、こんな呑気ッちゃありやしない。串戯はよして、謹さん、東京は炭が高いんですってね。」 主人は大胡座で、落着澄まし、「吝なことをお言いなさんな、お民さん、阿母は行火だというのに、押入には葛籠へ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・「お上人様。」 裾冷く、鼻じろんだ顔を上げて、「――母の父母、兄などが、こちらにお世話になっております。」「おお、」と片足、胸とともに引いて、見直して、「これは樹島の御子息かい。――それとなくおたよりは聞いております。何・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・そんな人をばかにしたような言を人様にいえるか、いやとも応とも明日じゅうには確答してしまわねばならん。 おとよ、なんとかもう少し考えようはないか。両親兄弟が同意でなんでお前に不為を勧めるか。先度は親の不注意もあったと思えばこそ、ぜひ斎藤へ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ お爺さんや、お婆さんは、「うちの娘は、内気で恥かしがりやだから、人様の前には出ないのです」と、言っていました。 奥の間でお爺さんは、せっせと蝋燭を造っていました。娘は、自分の思い付きで、きっと絵を描いたら、みんなが喜んで蝋燭を・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・「イイエそうではないのでございます、全く自己流で、ただ子供の時から好きで吹き慣らしたというばかりで、人様にお聞かせ申すものではないのでございます、ヘイ」「イヤそうでない、全くうまいものだ、これほど技があるなら人の門を流して歩かないで・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・お秀は嘆息ついて、そして淋びしそうな笑を顔に浮かべ、「ほんに左様ですよ、人様のお話の取次をして何番々々と言って居るうちに日が立ちますからねエ」と言って「おほほほほ」と軽く笑う。「女の仕事はどうせ其様なものですわ、」とお富も「おほほほほ」・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・第三の女 それにねえ、私は人様より倍も倍ももの寒がりなんでございますもの。 もう冬と云う声をきくとすぐこう、ぞっとしてまるで風でも引いた様になりますの、貴方様なんかよけい冬がおきらいでいらっしゃいましょう。老近侍 神の御恵でござ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・己達はいつも二人並んで歩いたり泳いだりして居たっけが人様よりも美くしい毛色をもった己はいつも仲間からうらやまれて居た。泳ぎ出しの姿がいいとほめたのもあの娘だったし、好い事があるときっと自分をよんだのもあの娘だった。別れてからこんなに時が立っ・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫