・・・いや、人界に生れ出たものは、たといこの島に流されずとも、皆おれと同じように、孤独の歎を洩らしているのじゃ。村上の御門第七の王子、二品中務親王、六代の後胤、仁和寺の法印寛雅が子、京極の源大納言雅俊卿の孫に生れたのは、こう云う俊寛一人じゃが、天・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・それを越すと隣国への近路ながら、人界との境を隔つ、自然のお関所のように土地の人は思うのである。 この辺からは、峰の松に遮られるから、その姿は見えぬ。最っと乾の位置で、町端の方へ退ると、近山の背後に海がありそうな雲を隔てて、山の形が歴然と・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――幼い私は、人界の茸を忘れて、草がくれに、偏に世にも美しい人の姿を仰いでいた。 弁当に集った。吸筒の酒も開かれた。「関ちゃん――関ちゃん――」私の名を、――誰も呼ぶもののないのに、その人が優しく呼んだ。刺すよと知りつつも、引つかんで声・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 大体につきてこれを思うに、人界に触れたる山魅人妖異類のあまた、形を変じ趣をこそ変たれ、あえて三国伝来して人を誑かしたる類とは言わず。我国に雲のごとく湧き出でたる、言いつたえ書きつたえられたる物語にほぼ同じきもの少からず。山男に石を食す・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
出典:青空文庫