・・・ 今秋不思議にも災禍を免れたわが家の庭に冬は早くも音ずれた。筆を擱いてたまたま窓外を見れば半庭の斜陽に、熟したる梔子燃るが如く、人の来って摘むのを待っている……。大正十二年癸亥十一月稿・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・「きっと今秋ですね。そしてあの倉庫の屋根も親切でしたね」「それは親切とも」いきなり太い声がしました。気がついてみると、ああ、二人ともいっしょに夢を見ていたのでした。いつか霧がはれてそら一めんの星が、青や橙やせわしくせわしくまたたき、・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
千人針の女のひとたちが街頭に立っている姿が、今秋の文展には新しい風俗画の分野にとり入れられて並べられている。それらの女のひとたちはみな夏のなりである。このごろは秋もふけて、深夜に外をあるくと、屋根屋根におく露が、明けがたの・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
出典:青空文庫