・・・ 二 位牌 僕の家の仏壇には祖父母の位牌や叔父の位牌の前に大きい位牌が一つあった。それは天保何年かに没した曾祖父母の位牌だった。僕はもの心のついた時から、この金箔の黒ずんだ位牌に恐怖に近いものを感じていた。 僕の・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・僕の家の仏壇には未だに「初ちゃん」の写真が一枚小さい額縁の中にはいっている。初ちゃんは少しもか弱そうではない。小さい笑窪のある両頬なども熟した杏のようにまるまるしている。……… 僕の父や母の愛を一番余計に受けたものは何と云っても「初ち・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 黄金無垢の金具、高蒔絵の、貴重な仏壇の修復をするのに、家に預ってあったのが火になった。その償いの一端にさえ、あらゆる身上を煙にして、なお足りないくらいで、焼あとには灰らしい灰も残らなかった。 貧乏寺の一間を借りて、墓の影法師のよう・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・と茶の間で仏壇を拝むが日課だ。お来さんが、通りがかりに、ツイとお位牌をうしろ向けにして行く……とも知らず、とろんこで「御先祖でえでえ。」どろりと寝て、お京や、蹠である。時しも、鬱金木綿が薄よごれて、しなびた包、おちへ来て一霜くらった、大角豆・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 傘をがさりと掛けて、提灯をふっと消す、と蝋燭の匂が立って、家中仏壇の薫がした。「呀! 世話場だね、どうなすった、父さん。お祖母は、何処へ。」 で、父が一伍一什を話すと――「立替えましょう、可惜ものを。七貫や八貫で手離すには・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ カーンと仏壇のりんが響いた。「旦那様、旦那様。」「あ。」 と顔を上げると、誰も居ない。炬燵の上に水仙が落ちて、花活の水が点滴る。 俊吉は、駈下りた。 遠慮して段の下に立った女中が驚きながら、「あれ、まあ、お銚子・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・お願いです、身体もわるし、……実に弱りました。」「待たっせえ、何とかすべい。」お仏壇へ数珠を置くと、えいこらと立って、土間の足半を突掛けた。五十の上だが、しゃんとした足つきで、石いしころみちを向うへ切って、樗の花が咲重りつつ、屋根ぐるみ引傾・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・……それに、……唯今も申しました通り、然るべき仏壇の用意もありません。勿体なくありません限り、床の間か、戸袋の上へでもお据え申そうと思いますから、かたがた草双紙風俗にとお願い申したほどなんです。――本式ではありません。とうりてんのお姿では勿・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・勿体ないようでございますけれども、家のないもののお仏壇に、うつしたお姿と存じまして、一日でも、この池の水を視めまして、その面影を思わずにはおられませんのでございます。――さあ、その時は、前後も存ぜず、翼の折れた鳥が、ただ空から落ちるような思・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・村越 仏壇がまだ調いません、位牌だけを。七左 はあ、香花、お茶湯、御殊勝でえす。達者でござったらばなあ。村越 七左 おふくろどの、主がような後生の好人は、可厭でも極楽。……百味の飲食。蓮の台に居すくまっては、ここにもたれて可・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
出典:青空文庫