・・・ そう怒りながら、しかしだらしない声を出して少しはやに下り気味の自分が、つくづく情けなくなっていると、マダムは気取った声で、「抓りゃ紫、食いつきゃ紅よ、色で仕上げた……」云々と都々逸であった。 私は悲しくなってしまって、店の隅で・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そしてそれはその五六年も前吉田の父がその学校へ行かない吉田の末の弟に何か手に合った商売をさせるために、そして自分達もその息子を仕上げながら老後の生活をしていくために買った小間物店で、吉田の弟はその店の半分を自分の商売にするつもりのラジオ屋に・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・しかしながら最後には、人間教養の仕上げとしての人間完成のためには、一切の書物と思想とを否定せねばならぬものであることを牢記しておくべきものである。 キリストのいうように「嬰児」の如くになり、法然の説く如くに、「一文不知の尼入道」となり、・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 信仰というものがなくては女性として仕上げができていないということを忘れてはならない。信仰を古いもの不要のものとして捨てて、かえりみないということは本当に浅はかなことなのである。 また信仰をモダンとか、シイクとかいうような生活様式の・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・「ついでに仕上げてしまいたいのですか」「いいえ、そうじゃないのですけど、何だか小母さんにすまないから。――あたし行きたいんですけれど」「では行けばいいじゃありませんか」「そんなことはかまわないんですけどね、あたしこちらへまい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・守った、それゆえ、あれほどの名作を完成できたのです、教える先生にしても、どんなに張り合いのあった事でしょう、あなたに、もうすこし誠実というものがあったならば、僕だって、あなたを寺田まさ子さんくらいには仕上げて見せます、いや、あなたは環境にめ・・・ 太宰治 「千代女」
・・・ こうして種子を除いた綿を集めて綿打ちを業とするものの家に送り、そこで糸車にかけるように仕上げしてもらう。この綿打ち作業は一度も見たことはないが、話に聞いたところでは、鯨の筋を張った弓の弦で綿の小団塊を根気よくたたいてたたきほごしてその・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・年を取ってからはただその問題を守り立て、仕上げをかけるばかりだ」というのは、どうも多くの場合に本当らしい。それで誰でも、年の若い学生時代から何でも彼でも沢山に遠慮なく惜気なく「問題の仕入れ」をしておく方がよくはないかという気がする。それには・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・そうして、めんどうな積分的計算をわれわれの無意識の間に安々と仕上げて、音の成分を認識すると同時に、またそれを総合した和弦や不協和音を一つの全体として認識する。また目は、たとえば、リヒテンベルグの陽像と陰像とを一瞬時に識別する。これを客観的に・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・どんな大将だって初めは皆な少尉候補生から仕上げて行くんだから、その点は一向差閊えない。十分やって行けるようにするからと云うんで、世帯道具や何や彼や大将の方から悉皆持ち込んで、漸くまあ婚礼がすんだ。秋山さんは間もなく中尉になる、大尉になる。出・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫