・・・それを頭痛だとはなにごとかと、当然花嫁の側からきびしい、けれども存外ひそびそした苦情が持ちだされたのを、仲人が寺田屋の親戚のうちからにわかに親代りを仕立ててなだめる……そんな空気をひとごとのように眺めていると、ふとあえかな螢火が部屋をよぎっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 周文、崋山、蕭伯、直入、木庵、蹄斎、雅邦、寛畝、玉章、熊沢蕃山の手紙を仕立てたもの、団十郎の書といったものまであった。都合十七点あった。表装もみごとなものばかしであった。惣治は一本一本床の間の釘へかけて、価額表の小本と照し合わせていち・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・その島の小学児童は毎朝勢揃いして一艘の船を仕立てて港の小学校へやって来る。帰りにも待ち合わせてその船に乗って帰る。彼らは雨にも風にもめげずにやって来る。一番近い島でも十八町ある。いったいそんな島で育ったらどんなだろう。島の人というとどこか風・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・城下の者にて幸助を引取り、ゆくゆくは商人に仕立てやらんといいいでしがありしも、可愛き妻には死別れ、さらに独子と離るるは忍びがたしとて辞しぬ。言葉すくなき彼はこのごろよりいよいよ言葉すくなくなりつ、笑うことも稀に、櫓こぐにも酒の勢いならでは歌・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・園子はやがて新しく仕立てた木綿入りの結城縞を、老人の前に拡げた。「まあ、それは、それは。――もうそなにせいでもえいのに。じいさん、えい着物をこしらえてくれたんじゃどよ。」「ほんとに、これをふだんにお召しなさいましな。」園子は、老人達・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ と学士が言って、数ある素焼の鉢の中から短く仕立てた「手長」を取出した。学士はそれを庭に向いた縁側のところへ持って行った。鉢を中にして、高瀬に腰掛けさせ、自分でも腰掛けた。 奥さんは子供衆の方にまで気を配りながら、「これ、繁、塾・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・袴や帯は、すぐにととのえる事も出来ますが、着物や襦袢はこれから柄を見たてて仕立てさせなければいけないのだし、と中畑さんが言うのにおっかぶせて、出来ますよ、出来ますよ、三越かどこかの大きい呉服屋にたのんでごらん、一昼夜で縫ってくれます、裁縫師・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・この机辺のどろどろの洪水を、たたきころして凝結させ、千代紙細工のように切り張りして、そうして、ひとつの文章に仕立てあげるのが、これまでの私の手段であった。けれども、きょうは、この書斎一ぱいのはんらんを、はんらんのままに掬いとって、もやもや写・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・現に生きて活動している文人にゆかりのある家をこういうふうにしてあたかも古人の遺跡のように仕立ててあるのもやはりちょっと珍しいような気がする。 天守台跡に上っているとどこかでからすの鳴いているのが「アベバ、アベバ」と聞こえる。こういうから・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・残念ながらわが国の書店やデパート書籍部に並んでいるあの職人仕立ての児童用絵本などとは到底比較にも何もならないほど芸術味の豊富なデザインを示したものがいろいろあって、子供ばかりかむしろおとなの好事家を喜ばすに充分なものが多数にあった。その中に・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
出典:青空文庫