・・・伯爵夫人はうれしげに、いとあどけなき微笑を含みて高峰の手より手をはなし、ばったり、枕に伏すとぞ見えし、脣の色変わりたり。 そのときの二人が状、あたかも二人の身辺には、天なく、地なく、社会なく、全く人なきがごとくなりし。下・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 石を四五壇、せまり伏す枯尾花に鼠の法衣の隠れた時、ばさりと音して、塔婆近い枝に、山鴉が下りた。葉がくれに天狗の枕のように見える。蝋燭を啄もうとして、人の立去るのを待つのである。 衝と銜えると、大概は山へ飛ぶから間違はないのだが、怪・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・そうして大袈裟に笑い伏すのが、何か上品なことだろうと、思いちがいしているのだ。いまのこの世の中で、こんな階級の人たちが、一ばん悪いのではないかしら。一ばん汚い。プチ・ブルというのかしら。小役人というのかしら。子供なんかも、へんに小ましゃくれ・・・ 太宰治 「女生徒」
出典:青空文庫