・・・ 園を出ずれば丈高く肥えたる馬二頭立ちて、磨りガラス入りたる馬車に、三個の馬丁休らいたりき。その後九年を経て病院のかのことありしまで、高峰はかの婦人のことにつきて、予にすら一言をも語らざりしかど、年齢においても、地位においても、高峰は室・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・この夕もまた美人をその家まで送り届けし後、杉の根の外に佇みて、例の如く鼻に杖をつきて休らいたり。 時に一縷の暗香ありて、垣の内より洩れけるにぞ法師は鼻を蠢めかして、密に裡を差覗けば、美人は行水を使いしやらむ、浴衣涼しく引絡い、人目のあら・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・倒れたる木に腰打ち掛けて光代はしばらく休らいぬ。風は粉膩を撲ってなまめかしき香を辰弥に送れり。 参りましょう。親父ももう帰って来る時分でございます。と光代は立ち上りぬ。ここらはゆッくり休むところもなくっていけませんな。と辰弥もついにまた・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 五月三日芸術の 真の 畏ろしさ心に 真実 愛が満ち信に安らいだ時私は始めて 物も書ける。働くことも愉快になる女中なにか。何!物が真個に書ける時私は、うれしく働ける。生きることの ありがたさ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・額のかかっている応接間まで歩いて来られ、ラグーザ玉子が、老年なのに心から絵に没頭していて質素な生活に安らいでいることや、孝子夫人の心持をよろこんで、会心の作をわけたことを快よさそうに語られた。 ラグーザ玉子の画境は、純イタリー風で、やや・・・ 宮本百合子 「白藤」
出典:青空文庫