・・・今存している三略は張良の墓を掘って彼が黄石公から頂戴したものをアップしたという伝説だが、三略はそうして世に出たものではない。全く偽物だ。しかし古い立派な人の墓を掘ることは行われた事で、明の天子の墓を悪僧が掘って種の貴い物を奪い、おまけに骸骨・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・鳩渓の秩父にて山を開かんと企てしことは早くよりその伝説ありて、今もその跡といえるが一処ならず残れるよしなれば、ほとほと疑いなきことなるが、知る人は甚だ稀なるようなり。功利に急なりし人の事とて、あるいは秩父の奥なんどにも思いを疲らして手をつけ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・また宗教の一部分として取扱うべき廉も多いであろう。伝説研究の中に入れて取扱うべきものも多いだろう。文芸製作として、心理現象として、その他種の意味からして取扱うべきことも多いだろう。化学、天文学、医学、数学なども、その歴史の初頭においては魔法・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・とかく、むかしの伝説どおりには行かないものです。「何しるでえ!」には、おどろきました。インスピレエションも何もあったものではありません。これでは藤十郎のほうで、くやしく恥ずかしくて形がつかず、首をくくらなければなりません。その夜、お膳を下げ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私についての様々の伝説が、ポンチ画が、さかしげな軽侮の笑いを以て、それからそれと語り継がれていたようであるが、私は当時は何も知らず、ただ、街頭をうろうろしていた。一年、二年経つうちに、愚鈍の私にも、少しずつ事の真相が、わかって来た。人の噂に・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ふだんから夢のない生活をしているゆえ、こんなときにこそ勝手な伝説を作りあげ、信じたふりして酔っているのにちがいない。少年は村のひとたちのそんな安易な嘘を聞くたびごとに、歯ぎしりをし耳を覆い、飛んで彼の家へ帰るのであった。少年は村のひとたちの・・・ 太宰治 「逆行」
・・・「国の歴史や伝説やまたお伽話でもその国の自然を見た後でなければやっぱり本当には分らない。」誰かの云ったこんな言葉を思い出しながら、一行について岩山を下りた。 アムステルダアム 測候所を尋ねて場末の堀河に沿って歩・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・しかしもし現代の読者のうちでこれと類似の怪異伝説あるいは地鳴りの現象についてなんらかの資料を教えてくれる人でもあれば望外の幸いである。 二 次に問題にしたいと思う怪異は「頽馬」「提馬風」また濃尾地方で「ギバ」と称・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ 山の名の起原についてはそれぞれいろいろの伝説があり、また北海道の山名などではいかにももっともらしい解釈が一つ一つにつけられている。これをことごとく信用するとすれば自分の企てている統計的研究の結果が、できたとしても、それは言語学的に貢献・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・手児奈という村の乙女の伝説から今もってその名は人から忘れられていない。 市川の町に来てから折々の散歩に、わたくしは図らず江戸川の水が国府台の麓の水門から導かれて、深く町中に流込んでいるのを見た。それ以来、この流のいずこを過ぎて、いずこに・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫