・・・座敷へ通って、室内を見渡して、何だか伽藍のようだねと云った。暇乞のためだから別段の話しも出なかったが、ただ門弟としての物集の御嬢さんと今一人北国の人の事を繰り返して頼んで行った。 一日越えて、余が答礼に行った時は、不在で逢えなかった。見・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
十月早稲田に移る。伽藍のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥を御飼いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ですと云う返事であった。 文鳥は三重吉の・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・果せるかな家内のものは皆新宅へ荷物を片付に行って伽藍堂の中に残るは我輩とペンばかりである。彼は立板に水を流すがごとくびび十五分間ばかりノベツに何か云っているが毫もわからない。能弁なる彼は我輩に一言の質問をも挟さましめざるほどの速度をもって弁・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 私は、昔ながらの山野と矮屋とを見慣れた我々の祖先が、かつて夢みたこともない壮大な伽藍の前に立った時の、甚深な驚異の情を想像する。 伽藍はただ単に大きいというだけではない。久遠の焔のように蒼空を指さす高塔がある。それは人の心を高・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・煉瓦を積んで大伽藍を造る場合にも多衆の力は働いているが、その力は煉瓦を運ぶ個々の力の集積であってよい。巨石運搬の場合には大綱に取りついた無数の群衆と、その群衆の力を一つにまとめる指導者とが必要である。絵で見ると巨石の上には扇をかざした人が踊・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫