・・・財力、脳力、体力、道徳力、の非常に懸け隔たった国民が、鼻と鼻とを突き合せた時、低い方は急に自己の過去を失ってしまう。過去などはどうでもよい、ただこの高いものと同程度にならなければ、わが現在の存在をも失うに至るべしとの恐ろしさが彼らを真向に圧・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・そのために、どういう方法にしろ金のありあまっている人々は、健康に害があるほど馬鹿馬鹿しい贅沢な食事をし、金のない者は、人間として生きて働いてゆくだけの体力も保てないほど貧しい食物で、しのいでゆかなければなりませんでした。そして、この、どちら・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・自分の体力、智力、自分とひととの経験の総和についての知識とその実力とが、むき出しな自然の動きと直面し対決してゆく、その味わいでの山恋いではないだろうか。槇有恒氏の山についての本はどんなその間の機微を語っているか知らないけれど、岩波文庫のウィ・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 海へ女がのり出して働かないという昔からの習慣は、その活動が女の体力にとって全然無理だからなのだろうか。それとも穢れをきらうというようなことに関してのしきたりで、女は海上に働かないことになっているのだろうか。男と女とがうちまじって一つ船・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・ここに痛切な疑問があると思います。体力的に見て、二種類の活動に精力を分けられる程度の疲労だけですむ職業は、少くとも今日職業と名のつく職業にはないと思う。職業をもつ女は、いわばもっと腹をすえなければならないのではないでしょうか。昔の立身出世の・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・目安がないから積極性が方向かまわず積極積極と出て、案外なことにもなるし、そういう人の中には大抵の人に劣らない体力も意地もあるから、又利巧さもあるから、それらが皆固って妙なことになります。十分そのことについて、自省もあり、時に自嘲的にさえなっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・全体として体力を蓄積なさることが大切ですから、読書なども平常よりは用心してなさいますように。 皆からよろしく。きょうの太郎は眠くって失礼。でも思いがけなかったでしょう。[自注1]中條咲枝より――発信人は咲枝となっているが、百・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ ――○―― こちらの婦人の体力の豊かである事は、一言の駁論も許されません。 彼女等は、思いのままに延びた美くしい四肢の所有者であり、朗らかな六月の微風に麗わしい髪を吹きなびかせながら哄笑する心の所有者でござい・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・最後の一点は体力で、と一粒ハリバの広告がこの頃電車に貼られているのを見て、それを新しい日本のほこりと思う人があるだろうか。商売のぬけめなさより、それに捕えられる親心の機微のありようが悲しく思われるのであった。〔一九四〇年四月〕・・・ 宮本百合子 「新入生」
・・・ やがて自動車での陸地の跋渉がはじまって、初めて女性は自分の体力と智力とによって地球を平面的にわがものとするに到った。 女性が飛行機を操縦する時代になっていることは今世紀の人類的な飛躍の姿であると思う。より一層の体力とより一層の科学・・・ 宮本百合子 「空に咲く花」
出典:青空文庫