・・・僕はこの通り野蛮人だから、風流の何たるかは全然知らない。しかし若槻の書斎へはいると、芸術的とか何とかいうのは、こういう暮しだろうという気がするんだ。まず床の間にはいつ行っても、古い懸物が懸っている。花も始終絶やした事はない。書物も和書の本箱・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・何でも彼等が三人ながら、おん教を捨てるとなった時には、天主の何たるかをわきまえない見物の老若男女さえも、ことごとく彼等を憎んだと云う。これは折角の火炙りも何も、見そこなった遺恨だったかも知れない。さらにまた伝うる所によれば、悪魔はその時大歓・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ ああ、汝、提宇子、すでに悪魔の何たるを知らず、況やまた、天地作者の方寸をや。蔓頭の葛藤、截断し去る。咄。 芥川竜之介 「るしへる」
・・・木魚を圧に置くとは何たるこんだ。」 と、やけに突立つ膝がしらに、麦こがしの椀を炉の中へ突込んで、ぱっと立つ白い粉に、クシンと咽せたは可笑いが、手向の水の涸れたようで、見る目には、ものあわれ。 もくりと、掻落すように大木魚を膝に取って・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ この緑雨の死亡自家広告と旅順の軍神広瀬中佐の海軍葬広告と相隣りしていたというはその後聞いた咄であるが、これこそ真に何たる偶然の皮肉であろう。緑雨は恐らく最後のシャレの吐き栄えをしたのを満足して、眼と唇辺に会心の“Sneer”を泛べて苔・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・かゝる一群の作家こそ、独り芸術の力の何たるかを解し、そして、童話こそは、詩的要素に富む、芸術でなければならぬと主張する輩です。 学校に於ける画一教育の長所と短所は、すでに世論によって明にされたるが如く、彼等の、社会的という言葉の意味・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・要は、様式の何たるかの問題でない。我等に、生甲斐を感じさせ、悦楽と向上の念とを与え、力強く生活の一歩を進めるものであったなら、芸術として、詩として、それは絶対のものでなければならぬ。 況んや、今日の生活は、目的への手段でもなければ、未来・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・ こういうと、自分の行為に矛盾した話であるが、しばらく、利害の念からはなれて、害虫であろうと、なかろうと、それが有する生命の何たるかについて、深く考えたならば、誰しも殺生ということに、いゝ気持はしなかったでありましょう。かつて、私は・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・浅薄なイデオロギーによって、児童を在来の文化に囚えんとするもの、もしくは、政治的目的意識によって階級観念を植付けんとするもの等であって、人間の全的の感情を養い套習の覊絆から解放し、自由の何たるかを知らせんとする、真の文学の絶無といってもいゝ・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・しかし、私は大いに勇を鼓してお櫃から御飯をよそって食べた。何たることか裕然と構えて四杯も平げたのである。しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫