・・・恍洋たるロマンチシズムの世界には、何人も、強制を布くことを許さぬ。こゝでは、自由と美と正義が凱歌を奏している。我等は、文芸に於てこそ、最も自由なるのではないか。誰か、文芸は、政治に従属しなければならぬという? ふたゝび、ロマンシズムの自・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・いったい、やはりの、何人位の客をその女は持っているのだろうと、その時喬は思った。 喬はその醜い女とこの女とを思い比べながら、耳は女のお喋りに任せていた。「あんたは温柔しいな」と女は言った。 女の肌は熱かった。新しいところへ触れて・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 何人もの人間がある徴候をあらわしある経過を辿って死んでいった。それと同じ徴候がおまえにあらわれている。 近代科学の使徒の一人が、堯にはじめてそれを告げたとき、彼の拒否する権限もないそのことは、ただ彼が漠然忌み嫌っていたその名称ばか・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 出品の製作は皆な自宅で書くのだから、何人も誰が何を書くのか知らない、また互に秘密にしていた。殊に志村と自分は互の画題を最も秘密にして知らさないようにしていた。であるから自分は馬を書きながらも志村は何を書いているかという問を常に懐いてい・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 何時自分が東京を去ったか、何処を指して出たか、何人も知らない、母にも手紙一つ出さず、建前が済んで内部の雑作も半ば出来上った新築校舎にすら一瞥もくれないで夜窃かに迷い出たのである。 大阪に、岡山に、広島に、西へ西へと流れて遂にこの島・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・それは職能の何たるを問わず、何人もその人格完成を願い精進しなければならないからである。 私は青年学生が人生の重要問題に関する自らの「問い」をもって読書することをすすめたい。生に真摯であれば「問い」がないはずはない。そして「問い」こそ自発・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・えて問い質すに、この村今は赤痢にかかるもの多ければ、年若く壮んなるものどもはそのために奔り廻りて暇なく、かつはまた高砂石見せまいらする導せんとて川中に下り立ち水に浸りなどせんは病を惹くおそれもあれば、何人か敢て案内しまいらせん、ましてその路・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 否な、人間の死は科学の理論を俟つまでもなく、実に平凡なる事実、時々刻々の眼前の事実、何人も争う可らざる事実ではない歟、死の来るのは一個の例外を許さない、死に面しては貴賎・貧富も善悪・邪正も知愚・賢不肖も平等一如である、何者の知恵も遁が・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 今問題の孕の地形を見ると、この海峡は、五万分の一の地形図を見れば、何人も疑う余地のないほど明瞭な地殻の割れ目である。すなわち東西に走る連山が南北に走る断層線で中断されたものである。さらにまたこの海峡の西側に比べると東側の山脈の脊梁は明・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ただ事がらが自然科学の事実に関する限り、それを新聞社会欄の記事として錯覚的興味をそそることだけは遠慮なくやめたほうがいいであろうと思う。何人をも益することなくして、ただ日本の新聞というものの価値をおとすだけだからである。 五・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫