・・・ ところが、この博労町の金米糖屋の娘は余程馬鹿な娘で、相手もあろうにお前のものになってしまった。それも蓼食う虫が好いて、ひょんなまちがいからお前に惚れたとか言うのなら、まだしも、れいの美人投票で、あんたを一等にしてやるからというお前の甘・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・昔を憶出せば自然と今の我身に引比べられて遣瀬無いのは創傷よりも余程いかぬ! さて大分熱くなって来たぞ。日が照付けるぞ。と、眼を開けば、例の山査子に例の空、ただ白昼というだけの違い。おお、隣の人。ほい、敵の死骸だ! 何という大男! 待てよ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・彼はこの種を蒔いたり植え替えたり縄を張ったり油粕までやって世話した甲斐もなく、一向に時が来ても葉や蔓ばかし馬鹿延びに延びて花の咲かない朝顔を余程皮肉な馬鹿者のようにも、またこれほど手入れしたその花の一つも見れずに追い立てられて行く自分の方が・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・これは余程思切った事で、若し医師が駄目と言われたら何としようと躊躇しましたが、それでも聞いておく必要は大いにあると思って、決心して診察室へはいりました。医師の言われるには、まだ足に浮腫が来ていないようだから大丈夫だが、若し浮腫がくればもう永・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・「イヤお恥しいことだが僕は御存知の女気のない通り詩人気は全くなかった、『権利義務』で一貫して了った、どうだろう僕は余程俗骨が発達してるとみえる!」と綿貫は頭を撫てみた。「イヤ僕こそ甚だお恥しい話だがこれで矢張り作たものだ、そして何か・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・いったい病身な児だから余程気をつけないと不可ませんよ」と云いつつ今度は自分の方を向いて、「学校の方はどうだね」「どうも多忙しくって困ります。今日もこれから寄附金のことで出掛けるところでした」「そうかね、私にかまわないでお出かけよ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・勿論厳格に仕付けられたのだから別に苦労には思わなかったが、兎に角余程早く起き出て手捷くやらないでは学校へ往く間に合うようには出来ないのみならず、この事が悉皆済んで仕舞わないうちは誰も朝飯を食べることは出来ないのでした。斯のように神仏を崇敬す・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・これを研究したらば誰も真理を発明するのサ。余程面白い事だぜ、君も試に考えて見玉え。これが大真理だよ。中々分るまい。どうだ爰だよ、僕の新発明は。僕はそれからなぜだか分らないから頻りに宇宙を見たのサ、道は曲ッてついている、真直にすれば近・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・それでも勤めますと後二三日は身体が利かんくらいだという、余程稽古のむずかしいものと見えます。許し物と云って、其の中に口伝物が数々ございます。以前は名人が多かったものでございます。觀世善九郎という人が鼓を打ちますと、台所の銅壺の蓋がかたりと持・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ 先生は思いやるように、「広岡さんも今、上田で数学の塾を開いてますが、余程の逆境でしょう……まあ、私共も先生に同情して、いくらかの時間を助けに来て頂くことにしたんです……それに、君、吾々の塾も中学の設備をして、認可でも受けようという・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫