・・・ 西鶴の人間に関する観察帰納演繹の手法を例示するものとしてはまた『織留』中の「諸国の人を見しるは伊勢」に、取付虫の寿林、ふる狸の清春という二人の歌比丘尼が、通りがかりの旅客を一見しただけですぐにその郷国や職業を見抜く、シャーロック・ホー・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 近ごろわが国でも土俗学的の研究趣味が勃興したようで誠に喜ばしいことと思われるが、一方ではまたここに例示したような不思議な田園詩も今のうちにできるだけ収集し保存しまたそれを現在の詩の言葉に翻訳しておくことも望ましいような気がするのである・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 現在の意味での科学は存在しなかったとしても祖先から日本人の日常における自然との交渉は今の科学の目から見ても非常に合理的なものであるという事は、たとえば日本人の衣食住について前条で例示したようなものである。その合理性を「発見」し「証明」・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・私はだれかの物理学史を読んでいるうちに、耶蘇紀元前一世紀のころローマの詩人哲学者ルクレチウスが、暗室にさし入る日光の中に舞踊する微塵の混乱状態を例示して物質元子において論じたものである。これはもちろんわれわれの科学だけからは決定し難いもので・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・ 何が俳諧であるかを一口や二口で説明するのは非常にむつかしいが、何が俳諧でないかを例示するほうが比較的やさしいようである。私の知る限りにおいてドイツ人は俳諧の持ち合わせの最も乏しい国民である。彼らはたとえば、呼び鈴の押しボタンの上に「呼・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 右のごとき偶像の破壊と再興とは、十九世紀末の大いなる個人の生活によって例示せられた。トルストイは前半生において自然の勝利を、自然的欲望の勝利を歌った人である。しかし後半生においては忠実な神の僕であった。ストリンドベルヒは自然主義の精神・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫