・・・そこは細長い部屋で、やはり食堂兼応接間のようなものであったが、B君のうちのが侘しいほど無装飾であったのと反対に、ここは何かしらゴタゴタとうるさいほど飾り立ててあった。 壁を見ると日本の錦絵が沢山貼りつけてある。いずれも明治年代に出来た俗・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・秋の日影は次第に深く、旅館の侘しい中庭には、木々の落葉が散らばっていた。私はフランネルの着物を着て、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在のない日々の日課をすごしていた。 私のいる温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町があった、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・本来は、公ごとであるべき、食べることの問題を、こっそりとして、侘しい「私ごと」、女の台所の中のこととして来た、公私さかさまな習慣が、今日のところまで食糧事情を悪化させて来た一つの動機でさえあるようです。 目下の日本で、最も切迫した公・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・ 侘しい古い家も、七月になると一時に雨戸という雨戸を野外に向って打ち開き甦った。東京から、その家の持ち主の妻や子供達や、従兄従妹などという活発な眷属がなだれ込んで来て部屋部屋を満した。永い眠りから醒まされて、夏の朝夕一しお黒い柱の艶を増・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・二度目だけれども、やはりああいう声を聴くと侘しい水を打ったような心持を感じる。―― 午後、ひとりぼっちで祭壇の前にいると、手紙が来た。東京のうちから来た。私は嬉しく、裏表をかえして見てから、封を切った。本当に、嬉しい手紙というものは、何・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・石油ストーブというものは、然し、何だか侘しい性質のものだ。点けると当座はぽーっと直ぐ部屋が暖まる。少しいい心持になって、さて消すと、それぎりほとぼりというものがない。すーっと、空気が自ら冷めて、元のつめたさに戻ってしまう。スタンダアドの石油・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・そして、そういう孤立的な少数の女性は、一人や二人しんから解り合う友もない程、女性の世界は狭小で未熟である、自分の生れた国の乏しさを歎くより、とかく孤立の程度を自己の卓越の程度と同一視する。侘しい限りだ。 私は、四五年来、何処からかいつか・・・ 宮本百合子 「大切な芽」
・・・石川を見ると、奥さんはのり出し、一層優しく、いかにも侘しい境遇にいかにも堪えきれぬらしく云った。「ね石川さん、そうですわね、あなただって親類になってくれるでしょう? 二人っきりでねえ、私と幸坊とねえ、財産はあるんですものねえ……」 ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「そりゃそうでしょうがね、三十にもなれば大抵細君がそんな心配はしてくれるものでしょう。侘しいですよ、ぽつねんと一人では」 お清は、「他に人がいないわけじゃあるまいし、とんだお役目ね」と云って笑った。 が、今先へ行く彼女の・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫