・・・抑えられた火が再び燃えたった時は、勢い前に倍するのが常だ。 そのきさらぎの望月の頃に死にたいとだれかの歌がある。これは十一日の晩の、しかも月の幽かな夜ふけである。おとよはわが家の裏庭の倉の庇に洗濯をやっている。 こんな夜ふけになぜ洗・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・私はその夜床へはいってからの不眠や、不眠のなかで今の幸福に倍する苦痛をうけなければならないことを予感したが、その時私の陥っていた深い感動にはそれは何の響きも与えなかった。 休憩の時間が来たとき私は離れた席にいる友達に目めくばせをして人び・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・ 材木の切り出し作業や製紙工場の光景でも、ちょっと簡単な地図でも途中に插入して具体的の位置所在を示しならびに季節をも示してくれたら、興味も効能も幾層倍するであろう。しかるに、その肝心な空間的時間的な座標軸を抜きにして、いたずらに縹渺たる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そのときあちこちの氷山に、大循環到着者はこの附近に於て数日間休養すべし、帰路は各人の任意なるも障碍は来路に倍するを以て充分の覚悟を要す。海洋は摩擦少きも却って速度は大ならず。最も愚鈍なるもの最も賢きものなり、という白い杭が立っている。これよ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 工場内の文学研究会指導の任務は、五ヵ年計画第三年目当初において、従来に倍する重要な意味をもって、プロレタリア作家の前に現れたのである。 工場の文学研究会というところは、労働通信員を中心とする若いプロレタリア文学の交代者が、そこで文・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫