・・・ この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散らして、それが返せなかったので、すべてそういう友人の方面からは小田という人間は封じられて了って、最後にKひとりが残された彼の友人であった。で「小田は十銭持つと、渋谷へばかし行・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 吉峰さんのおばさんに「いつお帰りです。あしたお帰りですか」と訊かれて、信子が間誤ついて「ええ、あしたお帰りです」と言ったという話だった。母や彼が笑うと、信子は少し顔を赧くした。 借りて来たのは乳母車だった。「明日一番で立つのを・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ この日、兄の貫一その他の人々は私塾設立の着手に取りかかり、片山という家の道場を借りて教場にあてる事にした。この道場というは四間と五間の板間で、その以前豊吉も小学校から帰り路、この家の少年を餓鬼大将として荒れ回ったところである。さらに維・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・お湯屋の風呂に入って、風呂銭を払わない、煙草屋で、煙草を借りて、そのまゝ借りッぱなしである。饂飩屋も、お湯屋も、煙草屋も、商売の一寸した手落ちにケチをつけられて罰金沙汰にせられるのが怖い。そこで、スパイに借られ、食われたものは、代金請求もよ・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・それから後は親類の家などへ往って、児雷也物語とか弓張月とか、白縫物語、田舎源氏、妙々車などいうものを借りて来て、片端から読んで一人で楽んで居た。併し何歳頃から草双紙を読み初めたかどうも確かにはおぼえません、十一位でしたろうか。此頃のことでし・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・すると、直ぐ家へやって来てこんなに大衆的にやられている時に、遺族のものたちをバラ/\にして置いては悪いと云うので、即刻何処かの家を借りて、皆が集まり、お茶でも飲みながらお互いに元気をつけ合ったり、親密な気持を取り交わしたり、これからの連絡や・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・表者顔へ紙幣貼った旦那殿はこれを癪気と見て紙に包んで帰り際に残しおかれた涎の結晶ありがたくもないとすぐから取って俊雄の歓迎費俊雄は十分あまえ込んで言うなり次第の倶浮れ四十八の所分も授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りそのころから母が涙・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・二部屋あるその宿屋の離れ座敷を借り切って、太郎と次郎の二人だけをそこから学校へ通わせた。食事のたびには宿の女中がチャブ台などを提げながら、母屋の台所のほうから長い廊下づたいに、私たちの部屋までしたくをしに来てくれた。そこは地方から上京するな・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・自分等も借りて食っているのである。 老人はまだ両腕を高く上げて、青年の顔を見ている。「さあ、今のは笑談だと、つい一言いってくれ」とでも云いたそうな様子である。しかし青年の顔はやはり心配げな、嘆願するような表情を改めない。その目からは、老・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・女房の方では少しもそんなことは知らないでいたが、先達ある馬方が、饅頭の借りを払ったとか払わないとかでその女房に口論をしかけて、「ええ、この狐め」「何でわしが狐かい」「狐じゃい。知らんのか。鏡を出してこの招牌と較べてみい。間抜けめ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫