・・・貧家に人となった尊徳は昼は農作の手伝いをしたり、夜は草鞋を造ったり、大人のように働きながら、健気にも独学をつづけて行ったらしい。これはあらゆる立志譚のように――と云うのはあらゆる通俗小説のように、感激を与え易い物語である。実際又十五歳に足ら・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そして一か所、作物の殻を焼く煙が重く立ち昇り、ここかしこには暗い影になって一人二人の農夫がまだ働き続けていた。彼は小作小屋の前を通るごとに、気をつけて中をのぞいて見た。何処の小屋にも灯はともされずに、鍋の下の囲炉裡火だけが、言葉どおりかすか・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 問題に触れるのは、お桂ちゃんの母親で、もう一昨年頃故人の数に入ったが、照降町の背負商いから、やがて宗右衛門町の角地面に問屋となるまで、その大島屋の身代八分は、その人の働きだったと言う。体量も二十一貫ずッしりとした太腹で、女長兵衛と称え・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・これならば夜をここに寝られぬ事もないと思ったが、ここへ眠ってしまえば少しも夜の守りにはならないと気づいたから、夜は泊らぬことにしたけれど、水中の働きに疲れた体を横たえて休息するには都合がよかった。 人は境遇に支配されるものであるというこ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・と、僕はなぐさめながら、「君は、もう、名誉の歴史を終えたのだから、これから別な人間のつもりで、からだ相応な働きをすればいいじゃアないか?」「それでも、君、戦争でやった真剣勝負を思うたら、世の中でやっとることが不真面目で、まどろこしうて、下ら・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・面胞だらけの小汚ない醜男で、口は重く気は利かず、文学志望だけに能書というほどではないが筆札だけは上手であったが、その外には才も働きもない朴念人であった。 沼南が帰朝してから間もなくだった。Yは私の仕事の手伝いをしに大抵毎日、朝から来ては・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・「わたしは、どんなにでも働きますから、どうぞ知らない南の国へ売られてゆくことは、許してくださいまし。」といいました。 しかし、もはや、鬼のような心持ちになってしまった年寄り夫婦は、なんといっても、娘のいうことを聞き入れませんでした。・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ 新助は仲仕を働き、丹造もまた物心つくといきなり父の挽く荷車の後押しをさせられたが、新助はある時何思ったか、丹造に、祖先の満右衛門のことを語ってきかせた。 兄姉の誰もがまだ知らなかったこの話を、とくにえらんで末子の自分に語ってくれた・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・五十近い働き者の女の直覚から、「やっぱしだめだ。まだまだこんな人相をしてるようでは金なぞ儲けれはせん。生活を立てているという盛りの男の顔つきではない。やっぱしよたよたと酒ばかし喰らっては、悪遊びばかししていたに違いない」腹ではこう思っている・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・私がその中に混ってやや温まった頃その装置がビビビビビビと働きはじめました。「おい動力来たね」と一人の若い衆が云いました。「動力じゃねえよ」ともう一人が答えました。 湯を出た私はその女の児の近くへ座を持ってゆきました。そして身体を・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫