・・・私はだれかの物理学史を読んでいるうちに、耶蘇紀元前一世紀のころローマの詩人哲学者ルクレチウスが、暗室にさし入る日光の中に舞踊する微塵の混乱状態を例示して物質元子において論じたものである。これはもちろんわれわれの科学だけからは決定し難いもので・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・物質が元子から組み立てられていると云う。その元子も存在はしない。しかし物質があって、元子から組み立ててあるかのように考えなくては、元子量の勘定が出来ないから、化学は成り立たない。精神学の方面はどうだ。自由だの、霊魂不滅だの、義務だのは存在し・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・なるならなるで遣っている。元子は切ったり毀したりは出来ねえ。Atom は atemnein で切れねえんだという。切れねえという間はその積りで遣っている。切れたって別に驚きゃあしねえ。切れるなら切れるで遣っている。同じ江戸子でも、己は兄きの・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・哲学者はこの世界が元子の離合集散に過ぎないこと、現世の享楽の前には何の恐るべきものもないことなどを答える。パウロはますます熱して永生の存在を立証する彼自身の体験について語り始める。物見高いアテネ人は――「ただ新しきことを告げあるいは聞くこと・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫