・・・鳥の先祖は爬虫だそうであるが、なるほどどこか鰐などの水中を泳ぐ姿に似たところがあるようである。もっとも親鳥がこんな格好をして水中を泳ぎ回ることは、かつて見たことがない。この点ではかえって子供のほうが親よりも多芸であり有能であるとも言われる。・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ある人の話では、元来あすこに泉があったのを、前田家の先祖が掘り下げて、今の形にしたのだそうである。そう言えば池の西北隅から水がわいているらしい。そのへんだけ底に泥がなくて、砂利が露出している事は、さおでつついてみるとわかる。あの池から、一つ・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・先生はこういう時、つくづくこれが先祖代々日本人の送り過越して来た日本の家の冬の心持だと感ずるのである。宝井其角の家にもこれと同じような冬の日が幾度となく来たのであろう。喜多川歌麿の絵筆持つ指先もかかる寒さのために凍ったのであろう。馬琴北斎も・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・人間は自分を通じて先祖を後世に伝える方便として生きているのか、または自分その者を後世に伝えるために生きているのか。これはどっちでもいい事ですけれども、とりようでは二様にとれる。親が死んだからその代理に生きているともとれるし、そうでなくて己は・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・日本の諸国にあるこの種の部落的タブーは、おそらく風俗習慣を異にした外国の移住民や帰化人やを、先祖の氏神にもつ者の子孫であろう。あるいは多分、もっと確実な推測として、切支丹宗徒の隠れた集合的部落であったのだろう。しかし宇宙の間には、人間の知ら・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」「標本にするんですか。」「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ ところが秋田から山形沿線の稲田のひろがりには、見ているうちに、一種こわいような気がして来るほどに先祖代々からの農民の労力がうちこめられている。無駄な一本の畦幅さえそこには見られない、きっちりとすき間もなく一望果ない田圃になっていて、盆・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・「それじゃあ日本人の先祖はよっぽど寝不足ばっかりしつづけたものと見える。 貧亡(ひまなしで―― こんな事を云って笑いながら千世子は京子にかす本を抱えながら送って行くつもりで一緒に門を出た。 外は星夜の深い闇がいっぱいに拡・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 寺本が先祖は尾張国寺本に住んでいた寺本太郎というものであった。太郎の子内膳正は今川家に仕えた。内膳正の子が左兵衛、左兵衛の子が右衛門佐、右衛門佐の子が与左衛門で、与左衛門は朝鮮征伐のとき、加藤嘉明に属して功があった。与左衛門の子が・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・、はじめて御取り出しなされし由、御当家におかせられては、代々武道の御心掛深くおわしまし、かたがた歌道茶事までも堪能に渡らせらるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なりと申さば、国家の大礼、先祖の祭祀も総て虚礼なるべし、我等この度・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫