・・・それが、泣くのが自然であるかもしれないが、私は非常に好かないのだ。凶暴な人間が血を見ていっそう惨虐性を発揮するように、涙を見ると、私の凶暴性が爆発する。Fの涙は、いつの場合でも私には火の鞭であり、苛責の暴風であった。私の今日の惨めな生活、瘠・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること、他の社会よりも容易にして正義の人物をして痴漢と同様ならしむるの害や、亦他の社会に比して更に大也、何となれば陸軍部内は××の世界なれば也。威権の世界なれば也、階級の世界なれば也。服従の世界なれ・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・おれだって、凶暴な魔物ではない。妻子を見殺しにして平然、というような「度胸」を持ってはいないのだ。配給や登録の事だって、知らないのではない、知るひまが無いのだ。……父は、そう心の中で呟き、しかし、それを言い出す自信も無く、また、言い出して母・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・その確信が私の兇暴さを呼びさましたのである。 ――お礼をしたいのだ。 せせら笑ってそう言ってから、私は手袋を脱ぎ捨て、もっと高価なマントをさえ泥のなかへかなぐり捨てた。私は自身の大時代なせりふとみぶりにやや満足していた。誰かとめて呉・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ のちに到り、所謂青年将校と組んで、イヤな、無教養の、不吉な、変態革命を兇暴に遂行した人の中に、あのひとも混っていたような気がしてならぬ。 同志たちは次々と投獄せられた。ほとんど全部、投獄せられた。 中国を相手の戦争は継続してい・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ と言っても決して、兇暴な発作などを起すというわけではありません。その反対です。何か物事に感激し、奮い立とうとすると、どこからとも無く、幽かに、トカトントンとあの金槌の音が聞えて来て、とたんに私はきょろりとなり、眼前の風景がまるでもう一・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・「一枚か。」兇暴な表情に変った。「ええ。」声を出して泣きたくなった。「仕様がねえ。」太い溜息をついて、「ま、なんとかしよう。節子、きょうはゆっくりして行けよ。泊って行ってもいいぜ。淋しいんだ。」 勝治の部屋は、それこそ杯盤狼・・・ 太宰治 「花火」
・・・いかにも、兇暴の相である。とぐろを巻いて、しかも精悍な、ああ、それは蝮蛇そっくりである。私の眉にさえ、刺されるような熱さを覚えた。火事は、異様の臭気がする。鰊を焼くとき、あんな臭いがする。なまぐさい。所詮は、物質が燃え上るだけのことに違いな・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ お前は、肥っていて、元気で、兇暴で、断乎として殺戮をほしいままにしていた時の快さを思い出すだろう。それに今はどうだ。 虱はおろかお前の大小便さえも自由にならないんだ。血を飲みすぎたんで中風になったんだ。お前が踏みつけてるものは、無・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・知識階級の若い聰明な女性が、そのすこやかな肉体のあらゆる精力と、精神の活力の全幅をかたむけて、兇暴なナチズムに対して人間の理性の明るさをまもり、民主精神をまもったはたらきぶりは、私たち日本の知識階級の女性に、自分たちの生の可能について考えさ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
出典:青空文庫