・・・冬になりゃあ、こんな天気になるのは知れているのだ。出掛けさえしなけりゃあいいのだ。おれの靴は水が染みて海綿のようになってけつかる。」こう言い掛けて相手を見た。 爺いさんは膝の上に手を組んで、その上に頭を低く垂れている。 一本腕はさら・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・奥さんは拠ない御用がおありなさいますので、お出掛けになりました。いずれお手紙をお上げ申しますとおっしゃいました。」こう云ってしまって、下女は笑声を洩した。 オオビュルナンははっと思って、さっき中庭を通って町へ出た女の事を思い出した。「あ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・田舎へ行脚に出掛けた時なども、普通の旅籠の外に酒一本も飲まぬから金はいらぬはずであるが、時々路傍の茶店に休んで、梨や柿をくうのが僻であるから、存外に金を遣うような事になるのであった。病気になって全く床を離れぬようになってからは外に楽みがない・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ ちょうどこのときお父さんの蛙はやっと眼がさめてルラ蛙がどうなったか見ようと思って出掛けて来ました。 するとそこにはルラ蛙がつかれてまっ青になって腕を胸に組んで座ったまま睡っていました。「おいどうしたのか。おい。」「あらお父・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ と言って出掛けられるようにしてありますが、赤ちゃんは悠々としています。お乳は出そうです。どんな骨折りをしても、今年はお乳がなければなりません。母子の為に。 ヴォラールの「セザンヌ伝」を読んでもらっていると、一八九二、三年頃「落選画家の・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 木村は傘をさして、てくてく出掛けた。停留場までの道は狭い町家続きで、通る時に主人の挨拶をする店は大抵極まっている。そこは気を附けて通るのである。近所には木村に好意を表していて、挨拶などをするものと、冷澹で知らない顔をしているものとがあ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そしてフランチェンスウェヒを横切って、ウルガルン王国の官有鉄道の発起点になっている堤の所へ出掛けた。 ここはいつもリンツマンの檀那の通る所である。リンツマンの檀那と云うのは鞣皮製造所の会計主任で、毎週土曜日には職人にやる給料を持ってここ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・五 秋三は麦の種播きに出掛けようと思っていた。が、勘次が安次を間もなく連れて来るにちがいなかろうと思われるとそう遠くへ行く気にもなれなかった。で、彼は軒で薪を割りながら暇々に家の中の人声に気をつけた。 よく肥えた秋三の母・・・ 横光利一 「南北」
・・・それを見ようと思って、己は海水浴場に行く狭い道へ出掛けた。ふと槌の音が聞えた。その方を見ると、浴客が海へ下りて行く階段を、エルリングが修覆している。 己が会釈をすると、エルリングは鳥打帽の庇に手を掛けたが、直ぐそのまま為事を続けている。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・ところが聞いてみると寺田さんの方でも松根氏との約束を延ばし延ばししている内についこんな日に出掛けることになったのだそうである。しかもその朝東京から出掛けて来た自分たちと軽井沢に逗留していられる寺田さんたちとが、こうして同じ電車に落ち合ったの・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫