・・・丁度、西南戦争の後程もなく、世の中は、謀反人だの、刺客だの、強盗だのと、殺伐残忍の話ばかり、少しく門構の大きい地位ある人の屋敷や、土蔵の厳めしい商家の縁の下からは、夜陰に主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄が畳を貫いて閃き出るか計られぬと・・・ 永井荷風 「狐」
・・・あるいは云う、八人の刺客がリチャードを取り巻いた時彼は一人の手より斧を奪いて一人を斬り二人を倒した。されどもエクストンが背後より下せる一撃のためについに恨を呑んで死なれたと。ある者は天を仰いで云う「あらずあらず。リチャードは断食をして自らと・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・その後僕は君と交っている間、君の毒気に中てられて死んでいた心を振い起して高い望を抱いたのだが、そのお蔭で無慙な刺客の手にかかって、この刃を胸に受けて溝壑に捨てられて腐ってしまったのだ。しかし君のように誰のためにするでもなく、誰の恩を受けるで・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・を描く一方で、マリアは刺客におそわれている「シーザア」やキリストを葬ったばかりの「二人のマリア」の大作を描こうと勢いこんでいるのである。 十五歳で、辛辣に小癪にも人類への軽蔑を表現しているマリア。同時に「人は何故誇張なしに話ができな・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・それだから刺客になっても、人を殺しても、なんのために殺すなんという理窟はいらないのだ。殺す目当になっている人間がなんの邪魔になっているというわけでもない。それを除いてどうするというわけでもない。こないだ局長さんに聞いたが、十五年ばかり前の事・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫