・・・木戸が出来たと聞いて洋服のまま下駄を突掛け勝手元の庭へ廻わり、暫時は木戸を見てただ微笑していたが、お徳が傍から「旦那様大変な木戸で、御座いましょう」と言ったので「これは植木屋さんが作らえたのか」「そうで御座います」「随分妙な・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・嫁が働きだすと、ばあさんも何だかじっとしていられなくなって、勝手元へ立って行った。「休んでらっしゃい。私、やりますわ。」園子はそう云った。「ヘエ。」「ほんとに休んでらっしゃい。寒いでしょう。」「ヘエ。」ばあさんは火を起したり・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・青扇はだまって勝手元のほうへ立って行って、大箱の徳用マッチを持って来た。「なぜ働かないのかしら?」僕は煙草をくゆらしながら、いまからゆっくり話込んでやろうとひそかに決意していた。「働けないからです。才能がないのでしょう。」相変らずて・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・田舎宿の勝手元はこの二人の客で、急に忙しそうになって来た。「三つ葉はあって?」「まア、卵がないわ。姉さん、もう卵がなくなってしまったのね。」 活気よく灸の姉たちの声がした。茶の間では銅壺が湯気を立てて鳴っていた。灸はまた縁側に立・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫