・・・且はまた先刻も申した通り、一かどの御用も勤まる侍にむざと命を殞させたのは、何よりも上へ対し奉り、申し訣のないことと思って居りまする。」 語り終った三右衛門はいまさらのように頭を垂れた。額には師走の寒さと云うのに汗さえかすかに光っている。・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・味噌漉の代理が勤まるというなんとか笊もある。羊羹のミイラのような洗たくせっけんもある。草ぼうきもあれば杓子もある。下駄もあれば庖刀もある。赤いべべを着たお人形さんや、ロッペン島のあざらしのような顔をした土細工の犬やいろんなおもちゃもあったが・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・くだらない、もうこれ織公も十一、吹ふいごばたばたは勤まるだ。二銭三銭の足にはなる。ソレ直ぐに鹿尾菜の代が浮いて出ようというものさ。……実の処、僕が小指の姉なんぞも、此家へ一人二度目妻を世話しようといってますがね、お互にこの職人が小児に本を買・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・尤も一と頃倫敦の社交夫人間にカメレオンを鍾愛する流行があったというが、カメレオンの名代ならYにも勤まる。 そういえばYの衣服が近来著るしく贅沢になって来た。新裁下しのセルの単衣に大巾縮緬の兵児帯をグルグル巻きつけたこの頃のYの服装は玄関・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・水軍の策戦は『三国志』の赤壁をソックリそのままに踏襲したので、里見の天海たる丶大や防禦使の大角まで引っ張り出して幕下でも勤まる端役を振り当てた下ごしらえは大掛りだが、肝腎の合戦は音音が仁田山晋六の船を燔いたのが一番壮烈で、数千の兵船を焼いた・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・なんの役も勤まる女である。 二人きりで寂しくばかり暮しているというわけではない。ドリスの方は折々人に顔を見せないと、人がどうしたかと思って、疑って穿鑿をし始めようものなら、どんなまずい事になるかも知れない。詐偽の全体が発覚すまいものでも・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・亮の子供の時からの外見だけで彼を判断していた老人などは、そういう役目の勤まるのをむしろ不思議に感じていたらしい。 いつだったか、かの地からよこした手紙に、次のような意味の事があった。 今までは、何物にもぶつかるという事なしに、遠くか・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
出典:青空文庫