・・・ 洪水の襲撃を受けて、失うところの大なるを悵恨するよりは、一方のかこみを打破った奮闘の勇気に快味を覚ゆる時期である。化膿せる腫物を切開した後の痛快は、やや自分の今に近い。打撃はもとより深酷であるが、きびきびと問題を解決して、総ての懊悩を・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・然しながら数日の後に其の接眼の縫目が化膿した為めに――恐らく手術の時に消毒が不完全だったのだろうと云う説が多数を占めている――彼女は再び盲目になって了ったそうである。当時親しく彼女を知っていた者が後に人に語って次のような事を云った。 ―・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・ 戦場で負傷したきずに手当てをする余裕がなくて打っちゃらかしておくと、化膿してそれに蛆が繁殖する。その蛆がきれいに膿をなめつくしてきずが癒える。そういう場合のあることは昔からも知られていたであろうが、それが欧州大戦以後、特に外科医の方で・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・そのあとが少し化膿して痛がゆかったり、それが帷子でこすれでもすると背中一面が強い意識の対象になったり、そうした記憶がかなり鮮明に長い年月を生き残っている。そういうできそこねた灸穴へ火を点ずる時の感覚もちょっと別種のものであった。 一日分・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 私はその時だってほんとうは、松葉杖を突いてでなければ、歩けないほどに足が痛く、傷の内部は化膿していたのだ。 私は、その役にも立たない、腐った古行李をもう担いで歩くのが、迚も重くて、足に対して堪えられない拷問になって来た。 道は上げ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・「――どうだね」 よって来る看守に向い、その人はやっと舌を動かして、「医者よんで下さい」と要求した。「化膿しちゃうわ。……歯ぐきと頬っぺたの肉がすっかり剥れちゃってるんだもの」「……詰らんもの呑んだりするからえげねん・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫