・・・外交官の夫の転任する度に、上海だの北京だの天津だのへ一時の住いを移しながら、不相変達雄を思っているのです。勿論もう震災の頃には大勢の子もちになっているのですよ。ええと、――年児に双児を生んだものですから、四人の子もちになっているのですよ。お・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
この話の主人公は忍野半三郎と言う男である。生憎大した男ではない。北京の三菱に勤めている三十前後の会社員である。半三郎は商科大学を卒業した後、二月目に北京へ来ることになった。同僚や上役の評判は格別善いと言うほどではない。しか・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「支那にさ。北京にもしばらく滞在したことがある。……」 僕はこう云う彼の不平をひやかさない訣には行かなかった。「支那もだんだん亜米利加化するかね?」 彼は肩を聳かし、しばらくは何とも言わなかった。僕は後悔に近いものを感じた。・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ 下 日清両国の間の和が媾ぜられてから、一年ばかりたった、ある早春の午前である。北京にある日本公使館内の一室では、公使館附武官の木村陸軍少佐と、折から官命で内地から視察に来た農商務省技師の山川理学士とが、一つテ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・しかし元来長沙の言葉は北京 譚は鴇婦と話した後、大きい紅木のテエブルヘ僕と差向いに腰を下ろした。それから彼女の運んで来た活版刷の局票の上へ芸者の名前を書きはじめた。張湘娥、王巧雲、含芳、酔玉楼、愛媛々、――それ等はいずれも旅行者の僕には・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・二葉亭の対露問題は多年の深い研究とした夙昔の抱負であったし、西伯利から満洲を放浪し、北京では中心舞台に較や乗出していたし、実行家としてこそさしたる手腕を示しもせず、また手腕がなかったかも知れぬが、頭の中の経綸は決して空疎でなかった。もし小説・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・二 その話は別として、先般の反キリスト教同盟というものは、まさに昨年四月から北京に開かれた世界キリスト教青年大会と対立して気勢を挙げたものだ。そうして反キリスト教同盟は「キリスト教は科学の信仰を阻止し、資本主義の手先になって、他・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・昔と今とは違うが、今だって信州と名古屋とか、東京と北京とかの間でこの手で謀られたなら、慾気満よくけまんまんの者は一服頂戴せぬとは限るまい。片鎧の金八はちょっとおもしろい談だ。 も一ツ古い談をしようか、これは明末の人の雑筆に出ているので、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 支那では北京政府が二十万元を支出して送金して来た外、これまで米殻輸出を禁じていたのを、とくに日本のために、その禁令をといたり、全国の海関税を今後一か年間一割ひき上げて、それだけを日本へおくることを発表しました。もと支那の皇帝であられた・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ ああ、もう東京はいやだ、殺風景すぎる、僕は北京に行きたい、世界で一ばん古い都だ、あの都こそ、僕の性格に適しているのだ、なぜといえば、――と、れいの該博の知識の十分の七くらいを縷々と私に陳述して、そうして間もなく飄然と渡支した。その頃、・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫