・・・のみならず、そこでしている事は、千里眼同様な婆の眼にも、はいらずにすむようですから、それでお敏は新蔵を、わざわざこの石河岸へ呼び寄せたと云う次第なのです。 ではどう云う訣でお島婆さんが、それほどお敏と新蔵との恋の邪魔をするかと云いますと・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「や、や、千里眼。」 翁が仰ぐと、「あら、そんなでもありませんわ。ぽっぽ。」 と空でいった。河童の一肩、聳えつつ、「芸人でしゅか、士農工商の道を外れた、ろくでなしめら。」「三郎さん、でもね、ちょっと上手だって言います・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ どうして俺が毎晩家へ帰って来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、選りに選ってちっぽけな薄っぺらいもの、安全剃刀の刃なんぞが、千里眼のように思い浮かんで来るのか――おまえはそれがわからないと言ったが――そして俺にもやはりそれがわか・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・そうして人は千里眼順風耳を獲得し、かつて夢みていた鳥の翼を手に入れた。このように、自然も変わり人間も昔の人間とちがったものになったとすると、問題の日本人の自然観にもそれに相当してなんらかの変化をきたさなければならないように思われる。そうして・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・たとえば千里眼透視術などをやる人でも、影にかくれた助手の存在を忘れて、ほんとうに自分が奇蹟を行なっているような気のする瞬間があリ、それが高じると、自分ひとりでもそれができるような気になる瞬間もありうるものらしい。幾年もつづけてジグスとマギー・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
出典:青空文庫