・・・それが危なかしく、水で揺れるように月影に見えました時、ジイと、私の持ちました提灯の蝋燭が煮えまして、ぼんやり灯を引きます。(暗くなると、巴が一つになって、人魂の黒いのが歩行お艶様の言葉に――私、はッとして覗きますと、不注意にも、何にも、お綺・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 沼南夫人のジャラクラした姿態や極彩色の化粧を一度でも見た人は貞操が足駄を穿いて玉乗をするよりも危なッかしいのを誰でも感ずるだろう。が、世界の美人を一人で背負って立ったツモリの美貌自慢の夫人が択りに択って面胞だらけの不男のYを対手に恋の・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・と言ったのを、私は間抜けた顔で想い出し、ますます今夜は危なそうだった。赤い色電球の灯がマダムの薩摩上布の白を煽情的に染めていた。 閉店時間を過ぎていたので、客は私だけだった。マダムはすぐ酔っ払ったが、私も浅ましいゲップを出して、洋酒棚の・・・ 織田作之助 「世相」
・・・男は印度人の方を見、自分の元いた席の方を見て、危な気に笑っている。なにかわけのありそうな笑い方だった。子供か女房かがいるのじゃないか。堪らない。と峻は思った。 握手が失敬になり、印度人の悪ふざけはますます性がわるくなった。見物はそのたび・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・とお富は立て二人は暗い階段を危なそうに下り、お秀も一所に戸外へ出た。月は稍や西に傾いた。夜は森と更けて居る。「そこまで送りましょう。」「宜いのよ、其処へ出ると未だ人通りが沢山あるから」とお富は笑って、「左様なら、源ちゃんお大事に・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・今この波瀾重畳険危な骨董世界の有様を想見するに足りる談をちょっと示そう。但しいずれも自分が仮設したのでない、出処はあるのである。いわゆる「出」は判然しているので、御所望ならば御明かし申して宜しいのです。ハハハ。 これは二百年近く古い書に・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・しかしその時は、雀の標的のすぐ傍に立って笑っているツネちゃんが、ひどく目ざわりで危なかしくていけなかった。「どけ、どけ。」と僕は無理に笑って、重ねて言った。「はい、はい。」 ツネちゃんは笑いながら一尺ばかりわきへ寄る。 僕は・・・ 太宰治 「雀」
・・・だが、お前と口を利いてると、ほんとに危なそうだから俺は向うへ行くよ。そらバスケットを取ってくんなよ」「ほら。気をつけなよ」「お前の方が、気をつけろよ。飛んでもねえ話だ」 彼は、針でも踏みつけたように驚いた。 彼はバスケッ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・構成も念いりであって、磨かれ削られ、危な気がない。描写の手法も長篇小説の分野に或る生新さを与えるものをもっている。フランス文学が「ジャン・クリストフ」を持っていることは、一つの誇りであるが、この「チボー家の人々」はその後の世代の姿を、描かれ・・・ 宮本百合子 「次が待たれるおくりもの」
出典:青空文庫