・・・これは僕の友人の音楽家をモデルにするつもりです。もっとも僕の友人は美男ですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人なのです。しかし目だけは天才らしい閃きを持っているのですよ。彼の目は一塊の炭火のように不断の熱を孕・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・なにしろ俺たちは、一人のだいじな友人を犠牲に供して飯を食わねばならぬ悲境にあるんだ。ドモ又は俺たち五人の仲間から消えてなくなるのだ。ドモ又の弟はその細君のともちゃんと旅の空に出かけることになるだろう。俺たちのように良心をもって真剣に働く人間・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・こないだ友人とこへ行ったら、やっぱり歌を作るとか読むとかいう姉さんがいてね。君の事を話してやったら、「あの歌人はあなたのお友達なんですか」って喫驚していたよ。おれはそんなに俗人に見えるのかな。A 「歌人」は可かったね。B 首をすくめ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・見ずや、きみ、やかなの鋭き匕首をもって、骨を削り、肉を裂いて、人性の機微を剔き、十七文字で、大自然の深奥を衝こうという意気込の、先輩ならびに友人に対して済まぬ。憚り多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、一盞献ずるほどの、余裕も働きもないか・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・屋根裏から顔を出して先生と呼ぶのは、水害以来毎日手伝いに来てくれる友人であった。 伊藤左千夫 「水害雑録」
十年振りの会飲に、友人と僕とは気持ちよく酔った。戦争の時も出征して負傷したとは聴いていたが、会う機会を得なかったので、ようよう僕の方から、今度旅行の途次に、訪ねて行ったのだ。話がはずんで出征当時のことになった。「今の僕なら、君」と・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・一代の奇才は死の瞬間までも世間を茶にする用意を失わなかったが、一人の友人の見舞うものもない終焉は極めて淋しかった。それほど病気が重くなってるとは知らなかったので、最一度尋ねるつもりでツイそれなりに最後の皮肉を訊かずにしまったのを今なお残惜し・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そのときに友人が来ましてカーライルに遇ったところが、カーライルがその話をしたら「実に結構な書物だ、今晩一読を許してもらいたい」といった。そのときにカーライルは自分の書いたものはつまらないものだと思って人の批評を仰ぎたいと思ったから、貸してや・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 親子の関係、夫妻の関係、友人の関係、また男女恋愛の関係、及び正義に対して抱く感情、美に対して抱く感激というようなものは何人にも経験のあることであって従って作中の人物に対して同感しまた其れに対して、好悪をも感ずるのであります。 芸術・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・ただ、蒲地某の友人の軽部村彦という男が品行方正で、大変評判のいい血統の正しい男であるということだけが朧げにわかった。 三日経つと当の軽部がやってきた。季節はずれの扇子などを持っていた。ポマードでぴったりつけた頭髪を二三本指の先で揉みなが・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫