・・・ 以上のごとき立場から見てこれと反対な位置にあるものは、色々の事実や事件の平坦な叙述的描写を主調とした作物、例えば物語や写生文のごときものであろう。そこでは少なくも作者は黒幕の後ろに隠れて、舞台の上では事実をして事実を語らしめ、物をして・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・そして学校の不愉快、人に対する不平、自己に対する不満、そういう感情の叙述と胃の痛みの記事とが交錯して出てくる。 しかしこの消化器病のほかに亮を悩ましていた原因もいろいろないではなかった。それは、第一には父の春田が当時不治の病気にかかって・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・『今戸心中』が明治文壇の傑作として永く記憶せられているのは、篇中の人物の性格と情緒とが余す所なく精細に叙述せられているのみならず、また妓楼全体の生活が渾然として一幅の風俗画をなしているからである。篇中の事件は酉の市の前後から説き起されて・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・自分が泣きながら、泣く人の事を叙述するのとわれは泣かずして、泣く人を覗いているのとは記叙の題目そのものは同じでもその精神は大変違う。写生文家は泣かずして他の泣くを叙するものである。 そんな不人情な立場に立って人を動かす事ができるかと聞く・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・これは我が田へ水を引くような議論にも見えますが、元来文学上の書物は専門的の述作ではない、多く一般の人間に共通な点について批評なり叙述なり試みた者であるから、職業のいかんにかかわらず、階級のいかんにかかわらず赤裸々の人間を赤裸々に結びつけて、・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ただに題目の新奇なるのみならず、その叙述の巧なる、実に『万葉』以後の手際なり。かの魚彦がいたずらに『万葉』の語句を模して『万葉』の精神を失えるに比すれば、曙覧が語句を摸せずしてかえって『万葉』の精神を伝えたる伎倆は同日に語るべきにあらず。さ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・もって芭蕉が客観的叙述を難しとしたること見るべし。木導の句悪句にはあらねどこの一句を第一とする芭蕉の見識はきわめて低くきわめて幼し。芭蕉の門弟は芭蕉よりも客観的の句を作る者多しといえども、皆客観を写すこと不完全なれば直ちにこれを画とせんには・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・したがって字面をおしみなく並べてスラスラ読み流させる傾向であり、描写は立体的でなく叙述的である。文章に調子がつくと作者はよみ下し易い美文めいたリズムにのるのである。たとえば「絶望があった。断崖に面した時のような絶望が。憤激があった。押えても・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ なぜなら、作家は、心理の叙述を自己のもっとも生甲斐ある創作対象とするようになっており、心理のうちでも心のもつ反省の能力をあらわしたいと念じているのであるから。自己の心を幾重にも幾重にも反省する。ある行為をする自分を反省し、その反省を行・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・即ち表現の上に叙述的な冗長は斥けられ、単純化はその必然的な方法となる。文学的行動主義が、造型芸術における野獣派、ピュリズム、プリミチヴィズム、シムルタニズム、表現主義或いは超現実主義の表現方法に多くの近似を見出すのはその故である。行動主・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫