・・・「これは癡翁第一の名作でしょう。――この雲煙の濃淡をご覧なさい。元気淋漓じゃありませんか。林木なぞの設色も、まさに天造とも称すべきものです。あすこに遠峯が一つ見えましょう。全体の布局があのために、どのくらい活きているかわかりません」・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・「お爺さん、ああ、それに、生意気をいうようだけれど、これは素晴らしい名作です。私は知らないが、友達に大分出来る彫刻家があるので、門前の小僧だ。少し分る……それに、よっぽど時代が古い。」「和尚に聞かして下っせえ、どないにか喜びますべい・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・……いや、何といたして、古人の名作。ど、ど、どれも諸家様の御秘蔵にござりますが、少々ずつ修覆をいたす処がありまして、お預り申しておりますので。――はい、店口にござります、その紫の袈裟を召したのは私が刻みました。祖師のお像でござりますが、喜撰・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ああ、人形は名作だ。――御覧なさい凄いようです。……誰が持っていますか。……どうして、こんな処へほうり出しておきますかね。夫人 人形つかいは――あすこで、(軽く指お酒を飲んでいるようですの。……そうらしいお爺さんが見えました。画家 ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 独りドストイフスキイの作品ばかりでなく他の有名なる名作は、事件そのことが異常なものがあるのは事実であるけれど、そのソロが深刻な感銘を与えるものでないことはやはり同じであります。たゞ其の中に含まれた真実を他にしては、芸術の力というものは・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・東京に出てから、自分は画を思いつつも画を自ら書かなくなり、ただ都会の大家の名作を見て、僅に自分の画心を満足さしていたのである。 ところが自分の二十の時であった、久しぶりで故郷の村落に帰った。宅の物置にかつて自分が持あるいた画板があったの・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・四月九日の夜に至って、人々最後の御盃、御腹召されんとて藤四郎の刀を以て、三度まで引給えど曾て切れざりしとよ、ヤイ、合点が行くか、藤四郎ほどの名作が、切れぬ筈も無く、我が君の怯れたまいたるわけも無けれど、皆是れ御最期までも吾が君の、世を思い、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・それは間違いないのでありますが、けれども、ことさらに第二の嘘の仮説を設けたわけは、私は今のこの場合、しかつめらしい名作鑑賞を行おうとしているのではなく、ヘルベルトさんには失礼ながら眼をつぶって貰って、この「女の決闘」という小品を土台にして私・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・さ子という天才少女を知っていますか、あの人は、貧しい生れで、勉強したくても本一冊買えなかったほど、不自由な気の毒な身の上であった、けれども誠実だけはあった、先生の教えをよく守った、それゆえ、あれほどの名作を完成できたのです、教える先生にして・・・ 太宰治 「千代女」
・・・またある時は、平生活人画以上の面白味は解せないくせに、歴代の名作のある画廊を経営していた。一体どうしてこんな事件に続々関係するかと云うに、それはこうである。墺匈国では高利貸しが厳禁せられている。犯すと重い刑に処せられる。そこで名義さえ附くと・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫