・・・て、連の職人が、いまのその話をした時は…… ちょうど藤つつじの盛な頃を、父と一所に、大勢で、金石の海へ……船で鰯網を曵かせに行く途中であった…… 楽しかった……もうそこの茶店で、大人たちは一度吸筒を開いた。早や七年も前になる……梅雨・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 弁当に集った。吸筒の酒も開かれた。「関ちゃん――関ちゃん――」私の名を、――誰も呼ぶもののないのに、その人が優しく呼んだ。刺すよと知りつつも、引つかんで声を堪えた、茨の枝に胸のうずくばかりなのをなお忍んだ――これをほかにしては、もうき・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ この男のこの大きな吸筒、これには屹度水がある! けれど、取りに行かなきゃならぬ。さぞ痛む事たろうな。えい、如何するもんかい、やッつけろ! と、這出す。脚を引摺りながら力の脱けた手で動かぬ体を動かして行く。死骸はわずか一間と隔てぬ所に在・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・鼠股引の先生は二ツ折にした手拭を草に布いてその上へ腰を下して、銀の細箍のかかっている杉の吸筒の栓をさし直して、張紙のぬりちょくの中は総金箔になっているのに一盃ついで、一ト口呑んだままなおそれを手にして四方を眺めている。自分は人々に傚って、堤・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・山遊びの弁当には酒を入れる吸筒もついていて、吼の蒔絵がしてあった。「今でもこんなものを持ってゆくのかい」道太はその弁当をもの珍らしそうに眺めていた。「あまりいいものでもないけれど」「この弁当は」道太は子供のように今一つの弁当を捻・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫