・・・頬張るあとから、取っては食い、掴んでは食うほどに、あなた、だんだん腹這いにぐにゃぐにゃと首を伸ばして、ずるずると鰯の山を吸込むと、五斛、十斛、瞬く間に、満ちみちた鰯が消えて、浜の小雨は貝殻をたたいて、暗い月が砂に映ったのです。と仰向けに起き・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・巻き込む。吸い込む。遠心力よりも求心力が強い。」「井伏の小説は、泣かせない。読者が泣こうとすると、ふっと切る。」「井伏の小説は、実に、逃げ足が早い。」 また、或る人は、ご叮嚀にも、モンテーニュのエッセエの「古人の吝嗇に就いて」と・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・逆に吸い込むとペンと言ってもとの向きに彎曲する。吹くのと吸うのを交互に繰り返すと、ポペン/\/\というふうな音を出す。吹き方吸い方が少し強すぎるとすぐに底が割れてしまう。いわゆるその「呼吸」がちょっとむつかしい。これを売っている露店商は特製・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・これはどういうわけかというと、砂粒が自然のままに落ち着いている時は、粒の間の空隙がなるたけ少ないようになっているが、足で踏んだりすると、その周囲の所は少し無理がいって空隙が多くなり、近辺の水を吸い込むからです。試みにこのような、充分水を含ん・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・日の人出が三人四人と次第にその周囲に集ると、爺さんは煙管を啣えて路傍に蹲踞んでいた腰を起し、カンテラに火をつけ、集る人々の顔をずいと見廻しながら、扇子をパチリパチリと音させて、二、三度つづけ様に鼻から吸い込む啖唾を音高く地面へ吐く。すると始・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・煙山の野原に鳥を吸い込む楊の木があるって。エレキらしいって云ったよ。」「行こうじゃないか。見に行こうじゃないか。どんなだろう。きっと古い木だね。」私は冬によくやる木片を焼いて髪毛に擦るとごみを吸い取ることを考えながら云いました。「行・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・健康な、多勢な、まだ眠っている活気を、そこで第一に吸い込むのである。 考えて見ると、あの時分の小学生は、今の子供達とは随分異っていたものだと思う。こんなに靴を穿いている者はいなかった。皆、草履袋を下げ、それを振廻したり、喧嘩の道具に使っ・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・と云いながら、煙草を吸い込む度に目を細くしては彼の様子を見ていた。 が、彼はどうしても納めようとしない。 貰わない訳を彼は説明したかったのだ。けれども、何より肝腎の、「俺の心にすまんねえもの」を、云いとくに入用だけの言葉・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・銭湯を知らない私は、温泉でさえ気味が悪い様でいやがって居るのだもの、新らしくなりもしず、汚れた水を吸い込む木の槽の肌にはどんな汚れが誰から出て入って居るだろうと思うといくら新らしい湯に最初入ってもいやである。とうとう私の居る間は立て廻しから・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫