・・・それほどの誇りを有った大商業地、富の地、殷賑の地、海の向うの朝鮮、大明、琉球から南海の果まで手を伸ばしている大腹中のしたたか者の蟠踞して、一種特別の出し風を吹出し、海風を吹入れている地、泣く児と地頭には勝てぬに相違無いが、内々は其諺通りに地・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 俺はこの手紙を見ると、思わず吹き出してしまった。ドストイエフスキーとプロレタリアの闘士をならべる奴もあるもんでない、と思った。俺も昔その本を退屈しいしい読んだ記憶がある。成る程、人道主義者には此処はあんなにも悲痛で、陰惨で、救いのない・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・には私も吹き出してしまった。 私の話相手――三人の子供はそれぞれに動き変わりつつあった。三人の中でも兄さん顔の次郎なぞは、五分刈りであった髪を長めに延ばして、紺飛白の筒袖を袂に改めた――それもすこしきまりの悪そうに。顔だけはまだ子供のよ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・後にはこれに懲りて、いよいよという時の少し前に、眼は望遠鏡に押付けたまま、片手は鉛筆片手は観測簿で塞がっているから、口で煙草を吹き出して盲目捜しに足で踏み消すというきわどい芸当を演じた。火事を出さなかったのが不思議なくらいである。 油絵・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・去年の暮れに病気して以来は、ほとんど毎日朝から晩まで床の中で書物ばかり読んでいたが、だんだん暖かくなって庭の花壇の草花が芽を吹き出して来ると、いつまでも床の中ばかりにもぐっているのが急にいやになった。同時に頭のぐあいも寒い時分とは調子が違っ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・そうしてそれなりに地面に寝てしまって口から泡を吹き出した。驚いて先生を呼び出して病人をかつぎ込んでから顔へ水をぶっかけたり大騒ぎをした。幸いにまもなく正気づきはしたが、とにかくこれがちょうど元旦であったために特に大きな不祥事になってしまった・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・地所の片すみに地中から空気を吹き出したり吸い込んだりする井戸があって、そこでその理屈を説明して聞かせました。低気圧が来る時には噴出が盛んになって麦藁帽くらい噴き上げるなどと話しました。それから小作人の住宅や牛小屋、豚小屋、糞堆まで見て歩きま・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 僕は覚えず吹き出しそうになったのを、辛くも押えて、「兎に角そんな出来ない相談をしたって、暇つぶしはお互に徳の行くはなしじゃないから。どうだ。両方で折合って、百円で一切いざこざ無しという事にしようじゃないか。」 僕は紙入から折好く持・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・身体一杯の疱瘡が吹き出した時其鼻孔まで塞ってしまった。呼吸が逼迫して苦んだ。彼の母はそれを見兼ねて枳の実を拾って来て其塞った鼻の孔へ押し込んでは僅かに呼吸の途をつけてやった。それは霜が木の葉を蹴落す冬のことであった。枳の木は竹藪の中に在った・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と源さんが山桜の煙を口から吹き出しながら賛成する。「神経って者は源さんどこにあるんだろう」と由公はランプのホヤを拭きながら真面目に質問する。「神経か、神経は御めえ方々にあらあな」と源さんの答弁は少々漠然としている。 白暖簾の懸っ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫