「何しろこの頃は油断がならない。和田さえ芸者を知っているんだから。」 藤井と云う弁護士は、老酒の盃を干してから、大仰に一同の顔を見まわした。円卓のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者である。場所・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 和田さんの「いくん」を見たことがある。けれども時代の陰影とでもいうような、鋭い感興は浮かばなかった。その後にマロニックの「不漁」を見た時もやはり暗い切実な感じを覚えなかった。が今、この工場の中に立って、あの煙を見、あの火を見、そうして・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・ 津々浦々到る処、同じ漁師の世渡りしながら、南は暖に、北は寒く、一条路にも蔭日向で、房州も西向の、館山北条とは事かわり、その裏側なる前原、鴨川、古川、白子、忽戸など、就中、船幽霊の千倉が沖、江見和田などの海岸は、風に向いたる白帆の外には・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・先年或る新聞に、和田三造が椿岳の画を見て、日本にもこんな豪い名人がいるかといって感嘆したという噂が載っていた。この噂の虚実は別として、この新聞を見た若い美術家の中には椿岳という画家はどんな豪い芸術家であったろうと好奇心を焔やしたものもまた決・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・これは数年前、故和田雲邨翁が新収稀覯書の展覧を兼ねて少数知人を招宴した時の食卓での対談であった。これが鴎外と款語した最後で、それから後は懸違って一度も会わなかったから、この一場の偶談は殊に感慨が深い。 私が鴎外と最も親しくしたのは小・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・が、この学問という点が緑雨の弱点であって、新知識を振廻すものがあると痛く癪に触るらしく、独逸語や拉丁語を知っていたって端唄の文句は解るまいと空嘯いて、「君、和田平の鰻を食った事があるかい?」などと敵を討ったもんだ。 緑雨の傑作は何といっ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
一 十一月に入ると、北満は、大地が凍結を始める。 占領した支那家屋が臨時の営舎だった。毛皮の防寒胴着をきてもまだ、刺すような寒気が肌を襲う。 一等兵、和田の属する中隊は、二週間前、四平街を出発し・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・河内の高屋に叛いているものがあるので、それに対して摂州衆、大和衆、それから前に与一に徒党したが降参したので免してやった赤沢宗益の弟福王寺喜島源左衛門和田源四郎を差向けてある。また丹波の謀叛対治のために赤沢宗益を指向けてある。それらの者はこの・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 友達に別れると、遽然相川は気の衰頽を感じた。和田倉橋から一つ橋の方へ、内濠に添うて平坦な道路を帰って行った。年をとったという友達のことを笑った彼は、反対にその友達の為に、深く、深く、自分の抱負を傷けられるような気もした。実際、相川の計・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ たしか浅井和田両画伯の合作であったかと思うがフランスのグレーの田舎へ絵をかきに行った日記のようなものなども実に清新な薫りの高い読物であった。その内容はすっかり忘れてしまったが、それを読んだときに身に沁みた平和で美しいフランスの田舎の雰・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
出典:青空文庫